とある秋の日の話
モンタロー
6
「どんな髪型にしますか?」
美容院は苦手な方です。
人とコミュニケーションをとるのも得意でなければ、髪型に拘りも特にないからです。
いつも通り、前回と同じでお願いします。と言いかけて、ふと、昨日のことを思い出して、目にかかっていた髪を柄でもない、なんて言うんだったか名前が思い出せない……ああそうだ、ツーブロック、とやらにしてもらいました。
なんでいつもと違うことをしたのだろう。
そう思いましたが、特に理由はなく、たまたま話題に出たのを思い出したから試してみただけ。ただの気まぐれということで納得しました。
普段は絶対に聞かないバリカンの音を聞きながら、普段は絶対に手に取らないような人気俳優が表紙を飾るファッション誌を端から端まで読んで、苦手な静寂を乗り切りました。
帰り道、こめかみがすーすーして落ち着かず、頭を触りながら、黄色く染まった銀杏並木を抜け、冷たい風に揺れるすすきを横目に、温かいお茶を飲むべく足取りを早めました。
「おはよう。あ、髪型変えたんだ。いいね、似合ってるよ」
始業のチャイムが鳴る十分前。横を通った僕に気づいて一昨日ツーブロックの話題を出した彼女はそう言いました。
すると、彼女と話すために、席の周りに集まっていた皆さんが彼女の到着に気づいて一斉に振り返ってこちらを見たので、彼女には軽い会釈をして、自分の席に向かいました。
見ている限り、いつも彼女はそうして誰にでも分け隔てなく接しているようで、お友達も多い印象です。
それを見ていた僕の胸の中からすすきが揺れるような音がした気がしました。
放課後、委員の仕事を終えて、下駄箱で靴を履き替えようとしたところで、眼鏡がないことに気が付きました。
階段を上がって、二つ目の教室へ入ろうとして引き戸に手をかけたとき、中から何やら話し声がしました。
まだ教室に誰かいたんだ。
そう思って戸を開けきったと同時に、
「付き合ってほしい」
そう言ったのは、ぼやけて見づらいですが恐らくこのクラスの学級委員長で、その言葉は今朝話しかけてきた彼女の方へ飛んでいきました。
告白、というものを実際に目にしたのは初めてでした。
今朝、彼女が自分の席で待つお友達の方へと向かった時と同じざわざわとした音がまた聞こえた気がしました。
空気を読むことを知らない虫の声が響いていました。
緊張して上手く声が出せそうにありませんでしたが、意を決して数秒の沈黙を破り、絞り出すように、
「お取込み中すみません。眼鏡を忘れてしまったもので」
そう言うと、学級委員長の彼は何も言わず、早歩きで教室を後にしました。
彼女の方に目をやって、
「ごめんなさい、お話の邪魔をしてしまって」
「ううん、大丈夫。……聞こえちゃったよね?」
「はい」
「でもね、振ろうと思ってたんだ。実はもう四回目でさ。好きな人がいるって毎回言ってるのに」
またあの音がしたような気がした。
「そうなんですね。どんな方なんですか?」
なんで聞いたのか、僕にもわかりませんでした。
「周りをよく見れて気が利く人なのに自分のことには鈍くて、すごくかっこよくて女の子に人気なのにいつも前髪と眼鏡で暗い感じで、勉強も得意で真面目なのにちょくちょく授業中ウトウトしてるような人」
「よく見てますね。好きなのが伝わってきます」
それを聞いた彼女は、
「ううん、その様子だと全然伝わってない」
そう言うと僕の顔に顔をぐいっと近づけて、頬に何かを当てようでしたが、眼鏡がないので何をしたのかよくわかりませんでした。
彼女の頬は、夕焼けに照らされて赤く染まっていました。
とある秋の日の話 モンタロー @montarou7
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