25

 その姿に、誰も何も言うことが出来なかった。


 力を使い果たし、役目を終えた老人のような出で立ちに、誰もが呆然としていた。そんな静寂を破ったのは、威厳に満ちあふれた声だった。


「レティシア嬢、大事ないか」

「こ、国王陛下!」


 慌てて頭を垂れるレティシアに、国王は顔を上げるよう促した。


「良い。そなたが我が息子のために働きかけてくれていたこと、嬉しく思う。父として、礼を言わせて貰いたい」

「と、とんでもないことでございます!」

「同時に、詫びねばならぬ。私やもう一人の息子の不手際のせいで、危険な目に遭わせてしまった。それに不名誉も随分と被ってしまったな。何と詫びればよいのやら」

「そ、そんな……!」


 どれほど恐縮しても、国王はレティシアに頭を下げることを止めなかった。あたふたするレティシアに、さらにもう一人、王妃までが歩み寄った。


「レティシア嬢、私も、あなたへの非礼を詫びねばなりませんね」

「お、王妃様が、ですか……?」

「あなたにいつも辛く当たっていたこと、許してください」

「そ、そんなこと……王妃様はいつも厳しくご指導をして下さいました」

「厳しくすれば投げ出すと思っていたからです。私とリュシアンに毒を盛ったのは、エルネスト王子とあなたの共謀だと思い込んでいました。まんまと次期聖女の地位に就き、私以上の力を示してみせるあなたが、許せなかった……どれほど愚かだと罵られようとも否定できません。あなたにも、エルネスト王子にも、本当に申し訳ないことをしました」


 王妃までが、そう言って深々と頭を下げた。レティシアはそれを止めたいのだが、強く言うわけにもいかなくて、あわあわと声にならない声を漏らすばかり。


 すると横から、クスクス笑い声がした。


「陛下、王妃殿下、もうそのくらいで。心から謝罪したい相手を困らせるのは、本意ではないでしょう」

「エルネスト……そうだな。その通りだ」


 国王も王妃も、ようやく頭を上げてくれた。だがその視線が、ちらりと別のものに止まった時、痛ましいといったように、表情が歪んだ。


「しかし……代償は、大きいな」


 ぽつりと呟いた声が、重々しかった。


「聖大樹は、実情はどうあれこの国に暮らす人々の希望。たとえ花を咲かせずとも、ここに存在するということが重要なのだ。それが……」


 そこまで告げた国王が、言葉を句切った。その視線の先には、大聖堂から連れ出されてきた人物たちの姿があった。レティシアもアベルも、そちらに視線を移した。


「リュシアン様! ご無事ですか!?」


 リュシアンの姿を目にしたアネットは、誰より先に飛び出していた。


「ああ、無事だ。ちゃんと父上達に伝えてくれたんだな、アネット」

「そんな……私、リュシアン様一人を危険な場所に行かせてしまって……本当にごめんなさい……!」

「……いいんだ」

「そ、それに……私のせいで……」


 アネットが青ざめた顔で俯く。リュシアンは、国王たちの視線を受けて、改めて聖大樹を見つめていた。


「……アネット、君は私の命を救ってくれたんだ。そのことに感謝こそすれ、責めることなど、私にできるものか。ありがとう、アネット」

「で、でも……!」

 

 その二人のやりとりは、微笑ましいものだった。


 だが、起こった事が事だけに、誰も二人を慰めることができずにいる。


 だが、そんな空気を引き裂くように、渇いた嘲笑が響いてきた。捕らえられて引きずり出されて、泥の付いた法衣を纏った、大司教の笑い声だった。


「ふん、貴様ら……私を捕らえるというなら、その娘も同罪……いや、私よりもはるかに罪が重いぞ。なにせこの国の象徴をこんな有様に変えてしまったのだからな。それに、聖大樹だけではない。この国の畑を枯らしてしまったのも、この娘なのだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る