24

「シア、無事……なんだな。良かった」


 側にいるアベルとレティシアを見比べて、状況を察したようだった。息を切らしながら、その目尻が僅かに緩んでいた。

 その背後にはアネットも控えていた。小さく会釈だけをして見せたが、どことなく心配そうな顔だったのが、やはりホッとしたように和らいだ。


 同じように、その場にいる物の張り詰めている気持ちが緩みかけた、その時――


ガラガラッと、大きな音が頭上から聞こえてきた。レティシアの伸ばした蔓が建物を侵食したせいで、あちこちが崩れ落ちている。


 大聖堂の建物は、今にも崩れ落ちそうな廃墟のような様相に変わっている。それも、侵食している蔓はレティシアの力の影響を受けて枯れかかっている。老体がきしむように、大聖堂の建物を支えながらぎしぎしと悲鳴を上げていた。


「リュシアン様! あの部屋には まだリュシアン様と大司教様達が……!」


 自分が先ほどまでいた最上階の部屋を指す。見ると、身動きがとれないでいるリュシアン達の姿がそこにあった。


 今度はレティシアの時のように足場が少し崩れるだけではすまない。その重みに耐えられず、最上階ごとぐらりと傾いた。


「あ――!」


 皆が息をのんだ、その時、セルジュの後ろから駆け出した者がいた。


「リュシアン様!!」


 その者は――アネットは、自身の持てる限りの力を放った。正確には、目に見えるすべての生命力に働きかけていた。


 すると、侵食していた蔓だけではなく、全ての植物がそれに応えた。壁に床に天井に入り込んでいた蔓が力を取り戻し、再び天に向かって伸びて行く。地面から伸びる草が、それを支える。


 ぐらついて崩れ落ちかかっていたものが、すべて緑に囲まれて中に残された者たちを掬い上げていた。当然、リュシアン達も。


 鮮やかな緑の壁をかき分け、リュシアンが叫んだ。


「私は無事だ! それよりも、手を貸してくれ。ここに……様々な罪を重ねた大罪人が捕らえてある!」


 リュシアンの無事を見て胸をなで下ろすと、兵士達は建物の中へと走り出した。大罪人というのが誰を指すのか、もはや誰もが理解していた。


「これで、終わった……の?」

「いや」


 レティシアの問いに、アベルが首を横に振った。そして、静かに大聖堂に視線を向けた。


 緑の蔓によって天井も壁も破られ、剥き出しになった聖大樹の姿に。


 アベルと共に、その姿を目にした者は皆、言葉を失った。


 先ほど、アネットは持てる力のすべてを使って植物たちに働きかけた。その結果、あの建物を支えるために必要な植物たちが生命力を得た。


 その代償だろうか。聖大樹はすべての葉を落として、力なく枝を項垂れさせていた。


 大聖堂を支えるすべての植物たちに、聖大樹は残るすべての生命力を分け与え、今、その命を散らそうとしているのだった。

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