19

『アベル様、兄さん、レオナールさん……ごめんなさい……レティシア様が……!』


 ジャンが手に持つ魔石から、アランのすすり泣く声が響く。泣きながら、かろうじて今、王都で起こったことを伝えていた。


 レティシアが今、どこにいて、何をさせられようとしているのかなど……。


「起きたらアランの奴がいなくて、いつも連絡を取り合うために使っている魔石からこんなことが聞こえたもんだから驚きましたよ」

「アランも、何かしら抱え込んでいるだろうとは思っていましたが、まさか大司教と繋がっていたとは……」

「本当に。そういう小ずるいことは、俺に任せりゃいいもんを……」


 軽口を叩いているようでも、ジャンの表情は渋いものだった。怒りと悔しさが、ない交ぜになっている。


 だがジャンと同じか、それ以上に苦い表情を堪えきれないでいる者がいた。もちろん、アベルだ。


「あのバカが……何故、大司教になど……」


 話がいつの間にか、アランからレティシアに移っている。


「あいつの父であるリール卿を説得することに尽力していれば、こんなことには……」

「それもアランが言っていたでしょう。小公爵……セルジュ様でしたっけ? その人と共謀して、何とかレティシア様を大司教の下へ連れて行くよう図ったってね」

「子供の頃から接していたのだろう。何故あの狸の腹黒さに気付かない?」

「レティシア様は聡明ですが、基本的には素直で純粋な方ですからね。子供の頃にお優しい方だと刷り込まれれば、疑わなくても仕方ないでしょう」

「アベル様だって、痛い目・・・に遭ってから気付いたじゃないですか」


 ジャンが痛いところを突いた……。ぐっと口を引き結んで黙り込むアベルを、レオナールは窺い見た。


「どうなさいますか?」

「どう、とは?」


 レオナールは机に積み上げた資料と書類の山を指した。


「私の立場上、この件をどうするか、まずはお伺いしなければ」

「……どうにもならんな。あいつの顔繋ぎがなければ、俺たちは陛下にお会いすることすら適わない」

「そんなことは、ないでしょう」


 レオナールのきっぱりとした声が響く。アベルを叱りつけるような、厳しい響きだ。


「レティシア様が話をつけて下さるのが最善だからお任せしましたが、あなた一人でもそれは可能だったでしょう、アベル様?」

「何が言いたい」

「私は先代領主と共に、王都からあなた方を受け入れたんです。あなたと、処刑された料理人の息子達をくれぐれも頼むと書かれた書状を目にしたのですよ。あなた方を死んだことにして、密かにバルニエ領に逃す算段をつけた、リール公爵閣下の書状を」

「……つまり、俺自身が、リール卿に話をつけろと……そう言いたいのか?」

「ええ、そうです。リール公爵閣下は、エルネスト王子を生かそうとなさっていた。それはエルネスト王子のお人柄や能力を嘱望していたからだけではない。教会に懐疑的であられたからだとも聞いています。たった一人のご令嬢が教会に囚われたと聞けば、必ず力になってくださいます。まして、それをお願いするのがあなたなら……!」

「買いかぶりすぎだ、レオナール。俺はただの辺境の、さびれた弱小領地の主だぞ」

「買いかぶりでも何でも、やってくださいよ、アベル様」


 ジャンの声だ。ただしその声はいつもの軽薄な声とは違って重く険しい。その表情を窺い見ると、いつになく険しかった。


 そして、拳を握りしめて、震えていた。

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