20
「ジャン、お前……」
「アベル様ときたら、国王陛下や大司教が絡むと、口では偉そうなのにどうにも及び腰になるんだから……困ったもんだ。事はあなた一人が怯えて逃げて済むようなもんじゃないんですよ」
「そんなことはわかっている。だからこそ、慎重に……」
「慎重になんてしてられないんですよ。弟は大司教のところにいるんだ。セルジュ様とやらが見逃すと言っても、どうなるかわかったもんじゃない! レティシア様もだ。あの人は俺たちのために動いて、そのせいであのジジイに捕まったんだ。俺たち以外に誰が助けるっていうんですか!」
「ジャン、控えなさい」
レオナールが激昂するジャンを抑えたが、決してそれを否定する様子はなかった。
「アベル様、言いたいことは私もジャンと同じです。慎重にと言ってまごついたところで、守れるのは我々の身。レティシア様とアランの状況は変わりません」
「俺だって、出来ることならば何もかもかなぐり捨てて駆けつけたい……! だがそれで選択を間違えれば、俺たちだけでなく皆が潰されるんだ。今必死に畑を耕している農夫たちも、職人たちも、女も子供も全員だ!」
「何もしなくても同じですよ! ただあいつらのいいように使われて潰される! この領民全員を、俺の親父と同じ目に遭わせる気ですか!」
「何だと!?」
叫んだアベルに、ジャンが腕を伸ばす。その胸倉を掴んで、荒々しく揺さぶった。
「あんた、忘れたわけじゃないでしょうね。俺たちから親父を奪ったことを」
「それは……」
咄嗟に目を逸らしかけたアベルを、もう一度揺さぶって、ジャンはアベルの瞳を正面から見据えた。
「あんただって、あの時俺たちから親父を奪った連中の一人なんだ。だからあんたは俺たちに言ったよな? 『俺がお前達を守る。死んだ父親の分まで見守っていく』と……その約束を破る気ですか」
「誰もそんなことは……」
「アランや、俺たちが世話になったレティシア様を救うのに及び腰になってるってのは、そういうことなんですよ。あんたには今、出来ることがある。それなのにやろうとしない。俺の親父を無理矢理にでも引きずっていこうとしなかったあの時と、何も変わってないじゃないか!」
「やめないか!」
レオナールが、強引にジャンを引き剥がした。だがジャンの憤りは止まない。アベルはそれに対して、悲痛そうに顔を歪めた。
「……俺を恨んでいるか、ジャン」
悲しげな問いに、ジャンは荒ぶることなく、驚くほど静かに首を横に振った。
「……とんでもない。感謝してます、心から。だから……恨ませないで下さいよ、アベル様」
噛みしめた唇からは、うっすらと血が滲む。
アベルは、ジャンの顔から目を逸らすことは、もうできなかった。ほんの一瞬目を閉じ、息を吐き、そして大きく見開いた。
「行くぞ」
そう言うと、アベルは床に何やら描き始めた。
魔法陣だ。何をしているのか、すぐに理解できた。レオナールもジャンも、思わず顔を綻ばせ、そして尋ねた。
「『行く』とは、どこへ?」
「お前達が言ったんだろう。さっさとその辺りの書類をまとめてくれ。あと、あの芋聖女が書いた手紙もな」
レオナールとジャンは、顔を見合わせてニヤリと笑い、すぐにバタバタと動き始めた。
迷いなく、迅速に、王都へ向かうために。
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