17
「前日の夜に、大司教の使者が来て父さんの書いていたレシピと、このスープのレシピを無理矢理交換していきました。大司教様の極秘のご命令だからと、父さんは従うしかなくて……」
「なんて、こと……!」
「当時、パーティーの準備を任されていたのはエルネスト王子でした。ですがそこでお披露目する予定だったポムドテールの栽培、収穫については大司教様が管理なさっていたんです。そのため、公にはしていませんでしたが、王子は大司教様にもよく意見を求められていて……だから、大司教様は父さんのメニューにも意見をされたんです。『これは庶民の口にする質素すぎるものだ。もっと華やかで、他の料理とも合う、見栄えのする料理にするように』と」
「……だけど公には関係していないから、処罰の対象にならなかったのね」
「そう、みたいです」
アランの声は、震えていた。父親の不名誉、浴びせられた罵倒にも等しい言葉、それらをレティシアに語ることで、自分が再び屈辱を受けたような思いをしているに、違いなかった。
「アラン、ごめんなさい……色々と、聞いてしまって」
「いいえ。僕も、レティシア様に何も言わないままでいるのは、心苦しかった。勝手ですが、少しだけ心が軽くなりました」
その、悲しみと罪悪感がない交ぜになった複雑な笑みを見て、レティシアは再びフォークを手にした。
「全部、頂くわ」
そう言って、むしゃむしゃ元気よく食べ始めたレティシアを見て、アランの顔に浮かんでいた曇りが、少しだけ晴れていった。
「ありがとうございます。スープは、入れ直しますね」
ほんの少しの間だけ、いつものバルニエ領での食事の風景に、戻ったような気がしていた。
「あら、そういえば……」
「はい?」
レティシアは、気付けば入れ直してもらったスープを掬う手が止まっていた。ふと、思い至ったことがある。
「あなたたちと一緒に、エルネスト王子も逃げてこられたのよね? 今、どこでどうしておられるの?」
「……え?」
それまでにこやかに見つめていたアランが、急に目を丸くして、ぱちくりと瞬きを繰り返した。
「…………え? 私、何かおかしなことを言った?」
「え?」
「その経緯から考えるに、あなたに声をかけてお父様のレシピを交渉材料にして、逃げ延びたエルネスト王子を見張るように命じていた……といったことだろうと思ったんだけど、違うの?」
「そうですけど……」
「じゃあどこに? 別の領地に? それともまさか……お亡くなりに!?」
「いえ、そうではなく……えぇと……」
アランは、急にもごもごと歯切れが悪くなってしまった。何を迷っているのか。
さすがにエルネスト王子の近況となると、彼の命に関わることでおいそれと語れないのだろうか。
(あり得るわ。元は死罪になるはずだったんだもの)
「ごめんなさい、アラン。私ったら、また余計な事を聞き出そうとしてしまって……」
「ああ、いえ……きっと平気です」
この返答もまた、スッキリしない。何が平気なのか、と眉根を寄せていると、アランはクスッと笑った。
「王子は、ちゃんと見守ってくれているので。僕たちのことも、レティシア様のこともね」
「……?」
アランは、それ以上は言わないと決めたのか、ニコニコしたまま口を閉ざしてしまったのだった。
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