16

「あの日の料理を出したのが、アランのお父様……?」


 アランは、神妙に頷いた。


「あのパーティーで多くの貴族が倒れました。お医者様の尽力のおかげで、ほぼ全員助かりましたが、王妃様はお力をなくされた。当然、誰も罰さないわけにはいきませんでした。その矛先が向いたのは、二人……パーティー主催を取り仕切っておられたエルネスト王子、そして料理長だった僕たちの父マティアス・ラキーユでした」


(エルネスト王子だけではなかったの……)


「父さんは何度も弁明しようとしました。でも誰も、取り合わなかった。真相なんてどうでも良くて、誰かを罰することで体裁を保ちたかったんです。そのために、父さんは犠牲になった。父さん一人が……!」

「一人? エルネスト王子も罰を受けたのでしょう?」

「いいえ。表向きは死んだことになっていますが、王子は密かに逃れられたんです。そのことを知っているのは、本当にごく一部の貴族様たちだけのようですけど。僕たちも父さんも一緒に逃げられるはずだったけど、父さんは残ると言いました。『誰かがこの一件の責を負わなければ終わらない』と、そう言って……」

「そんな……それならば、責を負うべきはあなたのお父様ではないはずよ」

「それ以上は言わないでください。逃げ延びた先で、王子は僕たちを守ってくださいました。父さんの分まで見守ると、約束してくださったんです。それに父さんは、生き延びていたとしても、きっと自責の念に耐えられなかった。知らなかったとはいえ、自分の作った料理で大勢が苦しんだ。そのことを、ずっと後悔していたから」


 それは、父親の跡を継いで料理人となったアランだからこそわかる苦悩だったのだろう。美味しいと言えば満面の笑みを浮かべるアランが、父親と同じ状況に立たされればどんな顔になるか、容易に想像できる。


「お父様の名誉を、取り戻したいのね」

「……それは、おそらく無理です。父さんと王子が死ぬことで、事態は収束した。それがまた蒸し返されたりしたら、別の誰かが罰せられることになって……その繰り返しです。そんなことのために、父さんは死んだんじゃない」

「……そう」

「兄さんは、父さんが広めようとしていた新しい野菜……ポムドテールの有用性をこの国にも広めることで、せめて父さんの想いを叶えようとしています。今、バルニエ領の皆が喜んで食べてくれて、とても嬉しいと思います」


 まるで、他人事のような口ぶりだった。実の兄のことだと言うのに。いつもはあんなにも、兄について回っているのに。


「僕は、兄さんのような行動力も社交性もない。大きなことなんて、一つもできやしません。僕が欲しいのは、たった一つ……父のレシピです」

「お父様の? でも、このスープは……?」

「それは、父さんがパーティーに出したメニューの、いわば最後のレシピです。だけどこのスープより前に、一つ、別のレシピがあったんです。ポムドテールを使ったメニューで、本来はそちらを出すはずだった。だけど直前になって、このスープを出すように命じられて、仕方なく……」

「そのために、大司教様に協力をした……ということ? どうして?」


 問うたが、レティシアの中では、するすると疑問で絡まった糸が解けつつあった。アランがすべて話してくれている。この話を繋げていくならば、答えは一つしか無い。


「その、メニューの交換を命じたのが、大司教様なのね」


 アランは、しっかりと頷いた。

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