15
レティシアの声に、アランは視線をそらせた。
目を合わせることなく、黙々とワゴンの皿をテーブルに並べていく。
「どうしてバルニエ領領主館の料理人のあなたが、王都にいるの?」
「そうするように、大司教様に言われたので」
「どうしてあなたが、大司教様と面識があるの?」
「……昔は王都で暮らしていたので、その際にちょっと……」
「アベル様は、このことをご存じなの? ジャンは? レオナールは?」
「……ご存じないと思います」
「ずっと……彼らを騙していたの?」
「僕は……僕の欲しいものがあって、そのために大司教様に協力していただけです。それがアベル様達を騙していたことになるなら……そうなんでしょうね」
ただ必要な答えのみ口にして、アランは淡々とテーブルを用意した。
パンにサラダ、牛乳をふんだんに使ったポタージュスープ、それに肉のソテーまである。バルニエ領では祭りの日でも無い限り決して並ぶことのない豪勢なメニューだった。
アランが作っているところも、見たことがなかった。
「こんなに、いらないわ。今日は何もしてないから、お腹が空いていないもの」
「せっかく作ったんですから、無駄にしないで欲しいです」
そう言われると、弱い。手元にある材料を無駄なく美味しく調理してきたアランの言葉だ。下げろとは、もう言えなくなってしまった。
レティシアは渋々座り、用意されたカトラリーを手にした。
サラダを一口、食べてみる。保存しておいたものとは違う新鮮な野菜がぎっしり詰まっていて、瑞々しさが口内に広がる。何も飲まず何も食べずにいて渇いた口が、一気に潤っていくようだった。
パンは焼きたてでふっくらして、どこかしっとりしていた。そして焼き窯からそのまま伝えてきたような熱が、サラダで冷えた口内を、今度は一気に温めていく。
スプーンを掬うと、とろっとした乳白色の中に野菜がちらほら見えた。いつもは透き通ったスープなので具が見えていたけれど、今日は白い中に隠れている。それがスプーンに載って、口の中に運ばれてきて初めてわかる。とろみとほのかな甘みの中でその食感と旨味とちょっとぴりの苦みが、温かく包まれていく。
最後に、塩のきいた肉がソテーされたもの。塩だけではない何種類かの調味料を合わせたらしい贅沢なソースを絡めている。絶妙な柔らかさで出されている肉は、公爵家でもそうそう毎日食卓にのぼるものではない。
「美味しいわ……」
「良かったです」
「でも、次からはいらない」
「え?」
「こんな贅沢なもの、食べられるわけがない」
「でも……」
「私は、いつものあのスープが食べたい……塩と野菜の味が沁みた、簡素だけどとっても温かいあのスープが」
そう言って、フォークを置くと、アランは悲しそうに俯いた。
「贅沢なことを仰るんですね。僕たちは、あのスープよりもっとたくさん、もっと美味しいものが食べたくて毎日頑張っていたのに」
「だから、大司教様に協力を?」
「……兄さんは、それに近い。でも僕は違います」
アランは、静かにスープの皿を押し出した。全部飲めと、言っているようだった。
「このスープ、美味しいですか?」
「ええ、とても」
「そうですか、良かった。ほんの少し元のレシピと変わっているので、美味しいかどうか不安でした」
アランは本当に嬉しそうに、ニッコリ微笑んでいた。その真意がわからず、レティシアは首を傾げていた。
するとアランは、懐から一枚の葉を取り出した。どこかで見たような気がする。
「これは、父が残したレシピを元に作ったんです。このスープには入っていませんが、元のレシピにはこの葉が、ふんだんに使われていました」
そう言って、アランは葉をレティシアに渡した。しげしげと見つめていると、やはり既視感を覚えた。
一度や二度見ただけじゃない。もっと何度も目にしていた。それも大量に。
「これって……もしかして、ジャガイモの葉?」
「ええ、そうです。これを、こう……たくさん刻んで、煮込んで、お出ししたそうです」
アランは、手にした葉を手で細かくちぎって、パラパラとスープに振りかけた。真っ白なスープに、緑色がまばらに浮かぶ。鮮やかな色は、真新しい料理のように思えた。
「ジャガイモの、葉を……もしかしてこれは……これを作ったのは……」
レティシアの中で、答えが繋がったと察したらしい。アランが、悲しそうに微笑んだ。
「そうです。父が作ったこの料理は、あの日……八年前、国王陛下や王妃様、大勢の賓客を招いたパーティーで供された、新しい作物を使った料理でした。そして、多くの貴族や王妃様、王子様が病に伏せる原因になった、あの料理です」
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