25

 ぽつんと、そう言ったのはレティシアだった。それまでの押し問答を止めたその言葉に、皆が注目した。


「あの……このじゃがいも、そもそもの出所は孤児院なのですが、それが実は大司教様が営んでおられるものでして、よく敷地内に畑を作っては、真新しい作物を作っていました。いずれ国内で広めるための試作だということで……その孤児院で作れるのは、大司教様の指示があったものだけだったんです」

「この芋も、その一つだと?」


 信じられないといった目で言った。だがレティシアは、こくりと頷いた。


「大司教様は、きちんと有用性を見出しておられたんです。時期を見て、陛下に進言するおつもりだったのではないでしょうか」

「大司教が……? は、はははは!」


 アベルは、はじかれたように笑い出した。

 そんな笑い方をするアベルは、初めて見た。それは村人たちも同じらしく、戸惑いを浮かべて、アベルの笑いが止むのをじっと待っていた。


 渇いた、自嘲すら見える笑いだった。


「アベル様……?」

「お前は……おめでたいな」

「は?」

「だが、そうだな……大司教が……良いことを聞いた。なぁジャン? アラン?」

「ええ、予想以上の収穫です」

「えぇと……はい」


 一人遠慮がちなアランを置いて、アベルとジャンが頷き合っている。


「その孤児院、繋ぎは取れるのか? できれば大司教には知られずに」

「は、はい。できます」

「そうか、なら許す」

「え?」


 きょとんとした様子のレティシアに、アベルは神妙な声で告げた。


「許すって、何をですか?」

「お前たちがやろうとしていることを、許可する」

「本当ですか?」


 アベルはしっかりと頷いた。


「ただし、芋以外の作物も作るからな。そちらも疎かにはできないぞ、わかったか?」

「もちろんですとも」

「あ……ありがとうございます!」


 気付けば、レティシア以上にヴィンセントが深々と頭を下げていた。


「あの時……お目こぼしを頂けるよう取り計らって下さっただけじゃなく、恩を仇で返しちまった俺にまでこんな……こんな寛大なお心配りを……」

「気にするな。俺にも利があると踏んだ。それだけだ」

「生きる糧を得るため、そして……あの時の汚名をそそぐために、できる限りのことをやらせてもらいますぜ」

「……ああ、頼む」

 

 アベルはそっと手を差し出した。ヴィンセントはおずおずとそれを握り返す。

 アベルは侵入者たち全員と、それらを繰り返した。


 侵入者……いや、新たな村の仲間たちは、ぽたぽたと大粒の涙をこぼしながら、肩を震わせて言った。そんな男たちを、険しい目つきで見る者は、もういない。


 俯く男の顔を、山間から差し込んで来た光が、照らし出した。


「いつの間にか、朝か……」


 アベルがそう呟くと、レティシアがぱんと大きく手を叩いた。

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