24
アベルの驚きだけでなく、ヴィンセントの怯えた声までが響いた。
「そ、それ……ポムドテールですよね? それを……畑に?」
「まあ! いいアイデアね!」
「でしょう?」
ヴィンセントの怯えた声など聞こえないかのように、レティシアとジャンのやりとりは続く。
「こいつを育てた第一人者がここにいるんだ。これ以上の適任はいないでしょう。家を用意するか、領主館の使用人宿舎を使うかして住んでもらってですね」
「待て待て待て。勝手に話を進めるな!」
アベルの怒鳴り声で、ようやく話は中断した。が、意気まで挫けたわけではなさそうだ。
まだ熱意の覚めやらぬ様子の二人に、レオナールがそっと割って入った。
「よろしいですか、お二方? その芋を作る理由および目的は?」
「え? たくさんある方がいいじゃありませんか」
「国中で売り捌けば大もうけになり増すぜ」
二人の言葉を聞いたアベルは、村人全員を代表したかのような沈痛な面持ちになった。
「……もう少し、詳細に」
「だって……これだけ村の人たちに喜ばれているんですよ。たくさんあったって困ることはないでしょう?」
「レティさんの仰る通り、味・品質・利便性、おまけに荒れた土地でも育つ強さ……どれをとっても文句なし。史上類を見ない不作の中です、よその村でもきっと気に入られますよ。間違いない」
「……わかった。お前たちの言い分はよーくわかった。重大なことを見落としているということもな」
「重大なこと?」
アベルは頭を抱えながら、ジャンが手にしているジャガイモを指さした。
「それが、国内でご禁制の代物だということだ」
アベルにびしっとそう言われ、レティシアとジャンは首を傾げた。
「今でも食べているじゃありませんか」
「ものはいいんですぜ。何か問題が?」
「今食べているものは、この前お前が大量に作った余剰分。新しく作るのはまた別の話だろうが。あとジャン、昼間この女に、この芋を広めたことについて苦言を呈していなかったか?」
「あれはレティさんを試しただけだって言ったじゃありませんか。正直、彼女の協力だけではちと厳しい計画だと思ってたんですが、ヴィンセントさんにも協力してもらえるなら心強い」
「計画……さては昼のあの話の段階で企んでいたな……」
「企むだなんて人聞きの悪い」
軽くふらつくアベルの体を、レオナールがそっと支えた。二人揃って、苦い面持ちを浮かべていた。
レティシアはちょっと申し訳なく思い始めていたのだが、ジャンは変わらず不敵な笑みを浮かべたままだ。
「ジャン、これは当時、王都を震撼させたんだぞ。そんなものが簡単に受け入れられるわけが……」
「この領内で皆が警戒していたのは、アベル様や俺たちがそう触れ回ったから。一般的に知られているのは、王宮で新種の作物を作っていたこと、そしてその作物を使った料理で貴族に病人が出たということですよ。実の方は食べられるとか、そもそも掘り返したらこんな実が出てくるなんて、限られた者以外知らないんです」
「……何が言いたい?」
「『うちの領地で穫れた珍しい作物』として売り捌きましょう。その正体について明かすのは、広まった後ってことで」
「兄さん……!」
村人たちの輪の外で成り行きを見守っていたアランが、人垣をかき分けて寄ってきた。いつも穏やかな彼らしくもなく、血相を変えている。
「兄さん何を考えてるんだよ。そんなことしなくたって……」
「お前はよその村々を知らないからそう言うんだ。なかなか悲惨なもんだぞ。今は未だ諍い程度だが、ありゃあ放っておけば衝突する。それを潰している余裕が各領地にも王家にもない。起こりうる争いを回避できるのは、武力でも交渉でもなく、食い物だと思うね。食わなきゃ、誰も生きていけませんから」
「……暴動が起こらなければ、国からの介入はない。庶民の口にするものを国がいちいち監視することもない。民が困窮しない程度に広まればいい……そういうことか?」
「あともう一つ、皆が共犯になってくれれば万が一罰せられることになってもうちの領地だけが責めを負うこともない」
「……悪魔の食い物を広めた元締めとして吊し上げられる可能性は十分にある。王家や教会の機嫌一つなんだぞ」
「……大丈夫かも、しれません」
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