11
「おや、戻って来ましたね」
「レティさん、気分はどうですか?」
同じ顔で、暢気な表情と心配そうな表情……2種類の顔が並んで不思議な気分だった。
「もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
「ああ、もう治ったようだ。スープをもう一杯よそってやってくれるか」
「それが……」
言い淀むアラン。レティシアとアベルが、はたと鍋に視線を向けると、物の見事に平らげられていた。もはや一滴も残っていない。
「うそ……あんなにあったのに」
「すみません。あんまり美味いもんだから一口食べたら止まらなくなっちまいまして」
悪びれもせずに言うジャン。きれいに食べ尽くした様子から、『美味い』という言葉に嘘はないようだ。
「いやぁ、しかし本当に美味い。これが弟から聞いていたジャガイモ……ポムドテールの実ですか。まさかこんなに美味い料理に化けるとはね」
「美味いのは、アランの腕のおかげでもあるがな」
ジャンが、ふいに器に視線を落とした。それまで彼の纏っていた陽気な空気に、ほんの少し影がかかった。
どうしたのか、と気にかかったとき、レオナールが両手を叩いて皆に呼びかけた。
「さあさあ皆さん。作業に戻りましょう。ジャンを労う役はアベル様とアランにお任せして」
レオナールの呼びかけに、村人たちは素直に従った。レオナールはアベルに目配せをして、村人たちとともに畑に向かい、アベルとアランとジャン、そしてレティシアだけがその場に残された。
とはいえ、レティシアがこの場で出来ることは、特にない。
「あの……私は厨房で片付けをしてきますね」
「そんなこと、僕が……」
「いえいえ私が……積もる話もあるでしょう?」
レオナールがわざわざ指名してアベルとアランを残したのだから、きっと重要な話があるに違いない。レティシアは器や鍋をまとめて、そそくさと立ち去ろうとした。
「まぁそう急がなくていいじゃないですか。俺としては、お嬢さんの話も聞きたいですよ」
「わ、私の話なんて……」
「いえいえ、弟から聞いて、楽しみにしてたんですよ。レティさん……でしたっけ? よくこんな大それたことをしたもんだなぁと思ってました」
『大それたこと』……改めて言われて、レティシアは肩を竦めた。
「この芋……ジャガイモなんて呼んでましたが、以前はポムドテールと呼ばれていたもので、この国ではご禁制なんですよ。まさかご存じない?」
「し、知ってますとも」
「禁じられている理由も?」
レティシアはおずおずと頷いた。ジャンの軽やかな声に、言い知れない圧力を感じていた。
「外国の賓客を招いてのパーティーで、それを使った料理を出したところ、参加していた全員が倒れてしまったから……と聞いています。当時は外交問題にも発展しかかったとか」
「幸い医師のおかげでお客人はすぐに快復したので、外交云々は事なきを得ましたがね。問題は国内ですよ。名のある貴族がバタバタ倒れたもんだから、大騒ぎなんてもんじゃない」
「その話は聞きました。確か……実の部分ではなく、茎や葉を調理したのですよね?」
ジャガイモの実は美味しいし栄養価もあるが、茎や葉には毒性がある。命に関わるようなことはないが、食べた量によっては倒れることもある。
その一件があったからこそ知られたことだが、当時は解明されておらず、ただただ食べた者が倒れたという事実に騒然としていた。レティシアの父も、しばし不調になり、快復後は事後処理に奔走していた。
「でも、扱いを理解すれば大丈夫よ。食べられるどころか、こうして貴重な食料源にできるのだし……」
「レティさん、俺が言いたいのはね……よくそんな勇気があったな、ということですよ」
「どういうこと?」
眉をひそめるレティシアを、ジャンがまっすぐに見つめる。レティシアを見定めようとしているようだった。
「そうか、やはり知らないんですね……」
「何を?」
「待てジャン、それ以上は……!」
ぽつりと零れたようなジャンの言葉に、慌てて蓋をするようにアベルが叫ぶだが、ジャンはそれを払いのけた。
「いいじゃないですか。ここまで話したんですから。レティさん、これは庶民には知られていないことなんですが、特別に教えてあげますよ。あの騒ぎ…… 実は最も被害を被ったのは、王家なんです」
「兄さん!」
アランまでが声を荒らげている。だが、それでもジャンは口をつぐもうとはしない。レティシアを試そうとしている。
「あの一件で、王子は死にかけて、王妃は聖女としての力を失ったんです」
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