10
「……アベル様も、私と似たような経験が?」
「まぁ、何年も前にな」
「その時、支えてくれる方はいたのですか?」
「……さぁな」
呟きのような変事と共に、低い響きのため息が漏れた。
「いたのかもしれない。いなかったのかもしれない。その時の俺は、周囲の全てが敵だと思い込み、誰の話も聞かなかった。そのせいで、居場所を失った。あの時、誰かともう少しまともに向き合っていれば、何か変わっていたかもしれないと、思わなくもない」
「……悔いていらっしゃるのですか?」
「悔いていないと言えば嘘になる。だがその結果が今なら、悪くはないとも思っている」
アベルの視線は、いつしか遠いどこかではなく、すぐ傍を見ていた。少し離れた先に集まっている、賑やかな人々を。
「そんな風に思える日がくるのでしょうか?」
「確かなことは言えないが……まぁ絶望することはないんじゃないか?」
その穏やかな横顔が、他の何よりも雄弁に言葉を裏付けていた。
アベルの視線が、僅かにレティシアの方を向いた。その目元は、笑っていた。
「さて、では戻るか」
「あ、そうだわ。もう一つだけお訊きしても?」
「何だ?」
今ここにはレティシアとアベルの二人だけ。ずっとひっかかっていた微かな疑問を解消する好機だった。
「アベル様……以前、王立学院に在籍していらしたんですか?」
「……何故だ?」
「以前、仰っていらしたから。魔石の作り方について、王立学院で気付いたって……村の方も、そう聞いたことがあると……」
「あ、あぁ……まぁ、そうだな」
アベルの口ぶりが急に歯切れ悪くなった。
「もしかして……学院在籍中に何かあったのですか? この魔石技術のことか何かで……」
「あぁ、いや……気にしないでくれ」
「やっぱりそうなんですね。あの魔石技術が学院生によって生み出されたというのに王都で流通していないなんておかしいと思ったんです
「いや、そう言ってくれるのはありがたいが……いいんだ、本当に」
「良くありません。問題が何かは知りませんけど、父に話せばきっと力になってくれます」
「そんなことは考えなくて良い。リール公爵の手を煩わせる必要などない」
「でも広く伝われば、多くの民の生活が向上します。公表すべきですよ」
「ああ、もういい!」
乱暴な声が、周囲に響いた。びくっと身を固くしたレティシアから、アベルもまた決まり悪そうに視線をそらせた。
「……この話は終わりだ。終わりにしてくれ。あぁほら、余計なことなど考えずに、スープのおかわりでも食べに行こう、な?」
アベルは無理矢理に話を切り上げて、歩き去ってしまった。とりつく島など、なかった。
「……やはり、何かあるのね」
レティシアの中に、ふつふつと熱い思いが滾ってきた。そうしてか、自分のことよりも、看過できない気持ちだった。
アベルの話した過去に、不穏な気配を感じたからだ。
レティシアはかつて、王妃になった時のため、優秀な人材を把握しておこうと過去の卒業生の記録を読み漁った。
成績が優秀だった者、目立った功績を残した者、魔力などの能力が著しく高かった者……そういった者は必ずその旨記載されていた。
アベルは功績著しいはずだし、レティシアと同様に魔力の強い生徒。名が残らないわけがなかった。
だが、『アベル・ド・ランドロー』と言う名は、どこにも記載されていなかったのだ。
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