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「王子って……リュシアン殿下? それに王妃様が聖女の力を……嘘でしょう?」

「残念ながら本当です。リュシアン殿下は3日熱にうかされ、生死の境を彷徨っていたようです。王妃様も同じ症状で、快癒はされたが魔力をなくしておられたらしい」

「で、でも……その後も王妃様はご公務にあたっておられたわ。教会でのお祈りも、各地の巡礼も、ずっと」

「代役がいたって噂ですよ。まぁ神聖術の使い手は他にいないわけじゃない。王妃様はもともと病弱だったし、体調を理由に公に出られる場を制限すれば、不可能ではないでしょうよ」

「確かに修道士の中には神聖術の素養のある者もいるけれど……」

「まぁ噂の真偽はともかくとして、そんな大事を引き起こしたものを、よく食べる気になりましたね、と……そう言いたいわけです。いくら実の方は安全と言ってもね」


 レティシアの頭の中を、今までの様々な光景が浮かんだ。


 初めて会った時、アベルはこの作物を『忌々しい』と言った。アランが試食を申し出た時、村人が一丸となって止めようとした。


 それが、大半の者の認識ということ。『不味い』や『嫌い』ではなく、『怖い』のだ。


「アベル様……私、申し訳ありませんでした。アランも……自分が食べられるからと言って、あんなに無理矢理……」


 深く頭を下げるレティシアに、アランは驚きかえって萎縮した。


「そんなことは……! 僕が自分から言い出したんです」

「……そうだな。結果的に美味かったし、今では村中が食べているんだ。何も問題ない」

「そうそう。美味いのは事実です。よくぞやってくれました」


 必死に慰めようとしたアランやアベルに乗りかかるように、ジャンがそう言った。二人の視線が、急速に冷えていく。


「ジャン……お前、何が言いたいんだ?」

「いやだな。ちょっと試させてもらっただけですよ。いきなりご禁制の芋を広めたんですよ? どんな怪しい奴かと思っちまいまして」


 レティシアの眉まで、中央にきゅっと寄った。なんだか、とても失礼なことをされたようだと、じわじわ理解できた。


「裏がないようで安心しました。故郷とも呼べる村が怪しげな魔女に乗っ取られたなんてことになったら……考えただけでゾッとしますからね」

「の、乗っ取ろうだなんて……!」


 咄嗟に否定しようと思ったが……よく考えたらできない。初めてこの地を訪れた際にレティシアがやったことは、『乗っ取り』と言えなくもない。


 だがジャンは、レティシアの重い面持ちを笑い飛ばした。


「だから、もういいんですって。そもそもアベル様や村の皆が気に入ってるみたいですしね。ただ……」

「ただ?」


 問い返すと、何故か姿勢を低くして、囁くように言った。


「この村の畑全てを一夜で救ったっていうその奇跡の力を、ほんの少しだけ……お借りしたいと」

「はい。何でしょう? あなたも畑を作るの?」

「いやいや、そうじゃないんです。ただちょっとね、困ってる奴がいるもんで」

「……困ってる?」


 レティシアの不審がる顔に、アベルやアランまでが寄り集まった。ジャンは顔を寄せた三人を見回して、囁いた。


「出たんですよ、畑泥棒が」

「?……畑泥棒?」

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