18-2「まず、高校生活と、国公立大学医学部の大学生活に必要な保証人になる、という『出資』についてだ。


 

 

「まず、高校生活と、国公立大学医学部の大学生活に必要な保証人になる、という『出資』についてだ。

 このふたつの『出資』をした結果、私が得られるだろう『利益』は、順調に行った場合に限っては、相応以上のものだと認めよう」

 蒼田はまずそう言った。

「だが、順調に行かなかった場合は?」

 たとえば、と蒼田は少年を観察しながら言った。

「たとえば、君の妹が死んでしまった場合、君の学習へのモチベーションは大きく下がるだろう。その確率を、君はどう考えているのかね?」

 ここで、「妹は死なないから考える必要はない」と言うほどに現実が見えていない馬鹿であるのなら、これ以上の話を聞く必要は無い。どう断るかを考えればいいだけだ。

「私が医学部を卒業するまでに、妹が死んでしまう確率は、決して低くないと思っています」

 少年は、あっさりとそう言った。

「『出資』した私が損をする確率は低くないと?」

「いいえ。それはもう覚悟をしていることなので、それによって私の学習意欲が極端に損なわれることはないということです」

 あまりに気負いなくそう言う少年の様子に、この少年にとっては妹の死という未来を思い描くことが、すでに日常なのだということが感じられた。

「たとえ妹が死んでも、医者を目指す。命を助ける仕事をする。

 そう、妹と約束したんです。

 妹が死んだからといって、もうやめたと投げ出すつもりはありません」

「君の言葉がどれほど信用できるかはともかく、そういうこともありうると、考えに入れていたことは評価しよう。

 では、君自身に何かがあった場合は?」

 蒼田は畳みかけた。

「事故や病気で、君自身が死んでしまったり、医師になるのに支障が出るような障害が残ったりした場合は?」

「理事長先生を受取人にした生命保険を、私にかけて下さい。死亡時の損失は、保険金で補てんできます」

 よどみなく答える。少年にとっては、この質問も想定内らしい。

「死にはしないが学習継続が不可能になった場合は? 自ら命を絶って保険金を残してくれるのかね?」

「すみません。自殺をするつもりはありませんから、その場合は損をしてもらうことになります」

 少年が、リスクがあることを認める発言を自らしたことに、蒼田は感心した。

 

「絶対に損はさせない」と言い出す輩に金を出してはいけないというのは鉄則だ。

 世の中には、どうにもならないイレギュラーはある。絶対に損をしないなんてことは、あり得ない。

「絶対に損はさせない」という言葉は、適切なリスク計算を妨げたい、相手の理性的な判断を狂わせ望む結論を出させたい、という意志の分かりやすい表出だ。わかって言っているのなら騙す意思があるということだ。

 無意識に言っているのなら、さらに性質が悪い。そういうことを本気で言ってくるということは、あり得ないことをあり得ると判断するほどに歪んだバイアスが、当人にかかっているということを意味するからだ。

 そういう輩が提示してきた情報には、全て同様のバイアスがかかっている可能性がある。

 そもそも、損得の話、ビジネスの話ができる相手ではないということなのだ。

 

「いいだろう。

 さすがに見ず知らずの子供のために、青天井、上限無しで治療費を貸し付ける約束などできない。

 だが、それ以外の『出資』提案は受け入れよう」

 蒼田は、むしろ気分よくそう言った。

「君が特待生にふさわしい成績で当校を卒業し、国公立大学医学部に合格して入学校とのパイプ作りに貢献することと、君が私を受取人にした生命保険に入ることを条件に、君の高校・大学生活に必要な保証人になると、私個人が約束しよう。

 ここまでは、リスクを含めて天秤にかけて、費用対効果は相応だと認める。

 高校一年生とは思えない君の交渉力に免じて、妹さんの治療費の貸し付けにも応じよう。以前、治療に800万円かかったと言っていたね? では、その800万円を上限に、必要に応じた額を貸し付けよう。

 いや、なかなか楽しませてもらったよ」

 ソファから立ち上がるために、蒼田は組んでいた足を下ろした。

 後は簡単な念書を交わせば終わりだ。

 仕込みは無駄になったか。

 そんなことを思いながらソファの肘掛に両手をついて立ち上がろうとした時だ。

「待ってください、理事長先生」

 少年は、未だ硬い表情で言った。

「それでは、私には意味がないんです」

 

 

 

 19へ続く

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