16-5 2021年6月11日。

 

 

 

 2021年6月11日。

 G県G市のG地方裁判所の401法廷で、4日間にわたる裁判員裁判の審理を経た蒼田統殺害事件の判決公判が開かれた。

 被告人・砂川史朗には、懲役13年の実刑判決が下された。

 検察の求刑は懲役15年。

 被告人は動機についての証言を拒否していたが、検察が提示した公訴事実については一切争わなかった。また、私選弁護人も被告人の意志を受け、自首による刑の減軽を訴えなかった。

 裁判員は、そんな被告人の態度と自首をしてきた事実とを合わせて、被告人は真面目に反省をしていると判断。

 求刑よりも2年少ない判決となったのだった。

 

 

 

 2021年6月25日深夜。

 G市のG拘置支所の6号室は暗かった。

 完全な闇というわけではない。点灯する蛍光灯の数を四分の一に減灯させた廊下の明かりが、鉄のドアの横に作られた鉄格子に最低限の開口部がある食事差し入れ口から薄く差し込んでいる。部屋の天井には、小さな常夜灯も点っている。監視のために必要な最低限の明かりを確保するためだ。

 単独室と呼ばれる定員一人の独居房であるその部屋は、間口一間、奥行き二間、わずか四畳の分のスペースしかなかった。

 奥にははめ殺しの曇ったアクリルガラスの窓があり、外にある脱走防止のためにやたら明るい常夜灯の明かりが差し込んでいる。

 窓の手前には一畳分の板の間が作られており、そこにトイレと洗面所が配置されている。手前に三畳の畳が何の工夫もなく横にみっつ並べられている。壁際に置かれたカラーボックス。支給された小型のスーツケースに似た鍵つきの私物バッグ。座卓と座布団は、今は隅に寄せられている。

 今、部屋の中央にあるのは、白いカバーの掛けられた一組の布団。ドアの方に枕を向けて、縦に敷かれている。

 この部屋の現在の住人・砂川史朗は、その布団の足元で静かに正座していた。

 夜間の見回りの刑務官の足音が聞こえてきて、6号室の前で止まった。

「6号」

 刑務官は食事差し入れ口の鉄格子の向こうから、そう声をかけた。

 ここに勾留されている人間は、部屋のナンバーで呼ばれるのだ。

「就寝時間中だ、寝なさい」

 砂川は、刑務官の方に向き直り「すみません」と言った。

「お手数ですが、今、何時かを教えていただけませんか?」

 拘置所には時計がない。差し入れてもらうこともできない。夜中に時間を知りたければ、刑務官に聞くしかないのだ。

「見回りの時間を教えることはできない」

 刑務官は言った。

「何時に見回りに来るのかを特定されて、脱獄計画に利用される危険があるからな」

「0時を回ったかどうかだけ、教えていただくことはできませんか?」

 砂川は食い下がった。

「25日が、控訴期限なんです」

 判決言い渡し翌日から起算して14日間の控訴期間内に弁護側、検察側双方からの控訴がないと、刑が確定するのだ。

 刑務官は、少し考えてから自分の左腕の腕時計に目をやった。

「0時は過ぎたな。もう今は、26日だ」

 砂川は目を閉じ、ひとつ大きく息を吐いた。

「ありがとうございました」

 刑務官に向き直り、ゆっくりと上品に浅い座礼をする。

「何年だ?」

「13年です」

「そうか……ほら。ちゃんと布団に入りなさい」

 刑務官に監視されながら、砂川はごそごそと布団の中にもぐりこんだ。

 消灯時間が来たら布団に入らなければいけない。たとえ眠くなかろうと、そうしなければいけない。それがここのルールなのだ。

 刑務官は、砂川が仰向けに布団の中に納まったのを見届けると、おやすみとも言わずに隣りの房の方へと歩いて行った。

 しばし、白いペンキで塗られた天井板のない天井を布団の中から見上げていた砂川は、唐突に小さな笑いに喉を鳴らした。

 一度笑いがこみあげてきたら止まらなくなってしまったらしい。笑いの発作に、布団の中で横向きに身体を丸めながら、掛け布団を口に押し付けて砂川は笑い声を殺した。

 腹筋が痛くなってもまだ止まらない笑いの発作をやっと収めたところで、乱れた布団を整えて仰臥しなおす。

 そうして砂川は、布団の中で目を閉じた。

 満足の笑みを唇に浮かべながら。

 

 

 

 終

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