12-3 被疑者が燃やしたスマホが、被疑者ともう一人の誰かとの間の連絡手段であったことは確定だろう。

 

 被疑者が燃やしたスマホが、被疑者ともう一人の誰かとの間の連絡手段であったことは確定だろう。自分でトータル3台のスマホを契約し、そのうちの2台の間でひとりで通話する無駄に金のかかる趣味が、被疑者にあったとは思えない。

 被疑者が事件当日に2台のスマホを燃やしていることを考えると、その連絡相手が被害者である可能性は高い。

 今、向島たちは被疑者と被害者の移動の記録の裏取りをしている。さらにその情報を、2台のスマホの発信基地局の情報と突き合せて、2台のスマホの使用者を特定する作業をしているはずだ。

 被疑者と被害者の間に、用心深く他人の目から隠さなければならない関係があったということは、じきに証明されるだろう。

 それがどういう関係なのかは、今日の聞き込みでは確定できなかった。

「被疑者、あるいは被害者が、男性を性対象にしていた」という証言が取れれば「両者の間に男性同士の性的関係があった可能性」を補強する傍証のひとつになったが、それは得られなかった。

 両性を性対象とするバイセクシュアルという存在があるため、「女性が性対象であった」というのは「だから男性は性対象ではない」にならない。「両者の間に男性同士の性的関係がなかった」という証明にもならない。

 どれほど疑わしくても、現状はあくまでも、未定で保留状態だ。

 

 2台のスマホと一緒に燃やされていた、3点の大人のおもちゃ。

「被疑者・被害者のいずれかの持ち物であった」という証言は得られなかった。「そういう物を使ったことがあった」という証言も得られなかった。

 もしも被害者の持ち物であったという証言があったなら、被疑者と被害者の間に性的関係があったことの証拠として十分だったろう。性的関係が無い他人のそんな持ち物の存在を知っている可能性がまず少ないし、まして殺害後にそれを始末する理由もないのだから。

 

 ともあれ、未定要素を確定してくれるはずだった得られなかった証言に想いを馳せても仕方がない。

 未定は未定として、確定できる「黒マス」を再確認する。

 

 仮に、この大人のおもちゃが事件とは関係ない被疑者の私物だとする。

 被疑者は、当日午前中に身辺を整理したと供述している。午前中に地下駐車場スロープと、校舎地下で目撃されていることから、その供述が嘘であることが考えられるが、その点は今は未確定でいい。

 実際、男子寮の被疑者の私室には、ごく少ない私物が引越し準備のようにきちりと、いくつかの段ボールにまとめられていた。自首する時にも、着替えをバッグに入れて車に乗せて持ってくる用意周到さだ。

 そんな被疑者が、午前中に被害者を拘束していたとしても、午後に被害者を拘束していたとしても、「始末せずにはいられないほど、見られたら困ると思うようなもの」を、事件当日にバタバタと始末するというのは不自然に思える。

 前日に凶器を用意しているのだ。その時点で殺すつもりも自首するつもりもあったのだろう。ならば、たっぷりと時間のある前日に、必要なことは済ませている方が被疑者らしい。

 そう考えると、ふたつの疑問が浮かび上がる。

 

 ひとつ目。

「なぜ、大人のおもちゃを燃やさなければならなかったのか?」

 ふたつ目。

「なぜ、大人のおもちゃを燃やすのが、事件当日の午後でなければならなかったのか?」

 

「なぜ、大人のおもちゃを燃やさなければならなかったのか?」は、安藤の中で答えが出ている。

「燃やす以外の始末の仕方では不十分だと被疑者が考えたから」だ。

 刑事捜査の現場では、被疑者の出したごみを漁るくらい日常茶飯事だ。

 実際、被疑者の出したごみも、すでにチェック済みだ。

 

 塩手高校敷地内で出たごみは、市内の被害者所有のホテルのごみも扱っている産廃業者が毎日回収している。

 生ごみは分類してからコンポスト処理され、不燃ごみは素材ごとに分類されてリサイクルされ、可燃ごみはやはり分類してから適切に処理される。

 幸いだったのは、塩手高校の清掃スタッフと産廃業者のごみ回収、処理のマニュアルが被害者所有ホテルのそれと共通だったことだ。

 寮の各部屋のごみ箱から回収されたごみは、それぞれどこの部屋から出たものかがわかるように袋に入れられ、タグをつけられ、回収され、2日間の猶予期間を置いてから処理される。「間違って捨てた重要なものを探してほしい」という要望に応えるためだ。

 寮監である被疑者が自室から出したごみは、寮監室のごみと一緒に寮監室のドアの内側に用意しておけば、毎日の清掃の時に清掃スタッフが寮監室のドアをマスターキーで開けて回収することになっていたそうだ。このごみも、やはりタグをつけられて他の寮内のごみと一緒に2日間保管されてから処理される。

 寮監室から出された事件当日含めて遡ること3日分のごみは、すでに証拠物として押収し、ひと通りチェックされている。前日に買ったという果物ナイフの包装も、事件当日に回収されたごみの中から見つかっている。

 

 大人のおもちゃを普通にごみとして出していたら、間違いなく警察が見つけていた。

 車に乗って遠くへ捨てに行っても、今は幹線道路にNシステム、自動車ナンバー自動読取装置を使った車両ナンバー捜査支援システムがある。あちこちの交差点に交通事故監視カメラがある。様々な店の入り口に道路に向いた監視カメラがある。被疑者の運転する軽自動車の移動経路など、あっという間に調べ上げる。

 事実、被疑者の前日の車を使った足取りは、抜けなく確認されている。

 被疑者は、刑事捜査に詳しい。ごみとして捨てた場合、どこかに捨てに行った場合、警察が見つけてしまう可能性が高いと踏んだのだろう。

 ごみとして見つけられた大人のおもちゃと、燃やされて見つけられた大人のおもちゃ。警察から見て何が違うかといえば、燃やされてしまった大人のおもちゃからは、DNAが検出できる可能性がゼロだということだ。厳密に言えば、灰の中からDNAを検出することは可能かもしれないが、それがこの大人のおもちゃに付着していたものだと立証できない。

 誰が使い、誰に使われた物かが絶対に特定できなくなるということだ。

 おそらく、被疑者が狙ったのはそれだ。

 同じ時間をかけるのであれば、遠くに捨てに行くよりも燃やした方が被疑者の目的にかなっていたのだろう。

 大人のおもちゃが燃やされず、それらから被疑者・被害者、いずれか、あるいは双方の指紋やDNAが出て来たなら、二人の間にそういう関係があったという決定的な物的証拠になる。その物証を消したかったのだ。

 おかげで、こうやって東京に聞き込みに来なければならなくなった上に、確証も得られずにすごすご帰るはめになっているのだから、してやられたというべきだろう。

 

「なぜ、大人のおもちゃを燃やすのが、事件当日の午後でなければならなかったのか?」も、安藤の中ではもう答えが出ている。

「大人のおもちゃが、被疑者の管理下になかったから」だ。

 被害者が持っていただろう連絡用のスマホは、被害者を拘束してからでなければ入手できなかっただろう。スマホの始末が事件当日の午後になることは自体は自然だが、スマホはわざわざ専用の道具まで入手して分解までして、念入りに破壊されている。燃やす必要はない。スマホの残骸が焼却炉で燃やされたのは「ついで」だろう。

 自分の持ち物であるのなら、それが燃やすという手段であってもいつでも始末できたはずの大人のおもちゃを、なぜ、よりによって事件の当日の午後に燃やしたのか? そうせざるをえなかった理由は?

 用意周到な被疑者の行動パターンを考えれば、「したくてもできなかったから」であったと推測できる。つまり、「大人のおもちゃが、被疑者の管理下になかったから」だ。

 そう考えれば、被疑者の当日の行動にも納得がいく。

 大人のおもちゃは被害者が管理していて、被疑者には始末することができなかった。そして、被疑者は自首をする前にどうしてもそれを始末したかった。

 だから、被疑者は午前中に被害者を拘束して、被害者から大人のおもちゃのありかを聞き出し、それを手に入れる必要があったのだ。

 

 裁判で使えるレベルの証拠が揃っていないという問題はあるが、ここまでは間違っていないだろうと安藤は思う。

 だが、ここから先がわからない。

 

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