11-2「で、焼却炉から出てきたのが、これか?」



「で、焼却炉から出てきたのが、これか?」

 5月20日16時過ぎ。空いている会議室の机にずらりと並べた証拠品保管袋を前に、安藤は言った。いくつもの焼け焦げた物体が、食品用保存袋と大差ない透明な袋に封印されて並べられている。

 30を超える証拠品の袋のうち、7個の袋が右によけられて区別されていた。

「焼却炉には、植物の灰とこれらのものが残っていました。寮の物置に開封されたヤシガラ成型炭の使い残しがありました。灰と残った成型炭の同定を科捜研に依頼していますが、おそらくは一致するかと」

 鑑識の山口が言う。

「なんで寮に炭があるんだよ?」

「休日に、生徒たちがバーベキューを企画することがあるんだそうです」

「楽しそうな学校生活だな」

 向島の説明に鼻を鳴らして笑ってから、安藤は証拠品へと手を伸ばした。

「これは三脚だよな? ひん曲がってるけど」

 右に避けられている7個の袋のうちの一つ、20センチ長のひしゃげた三本脚の金属の塊を、安藤は持ち上げた。

「スマホ用の三脚です。俺も同じの持ってます」

 向島が安藤の手からそれを取り上げ、証拠品の袋の一番端へとよける。

「これは、スマホの『ガワ』に見えるな?」

 多数の袋の群れの中から、安藤は見慣れた形のものを見つけ、袋ごと持ち上げた。

「分解されたイーフォン6プラスのフレームが2台分ありました」

 山口が言う。

「こちら側がスマホのパーツです」と、多い方の袋の群れを指し示す。

「2台だあ? 被疑者のスマホも、被害者のスマホも、証拠品の中に入ってたはずだよな?」

「はい。ナンバーを元に発信記録も入手しましたが、被疑者と被害者の間の通話はほとんどありませんでした」

 向島が言う。

「じゃあ、こっちのは誰の電話なんだよ?」

「被疑者のものでした」

「何?」

「各携帯電話会社に、契約者の名前から照会して確認しました。被疑者は自首した時に持っていたスマホの携帯電話会社とは別の携帯電話会社から9月に2台のスマホを購入、2回線の新規契約をしていました。料金の請求先は、学校の寮監用必要経費口座。名目は、寮生貸し出し用だそうですが、寮生はその存在を知らなかったようです」

「ああー」

 安藤は納得の声を上げた。

 G県警の捜査マニュアルでは、電話の発信記録の照会は捜査関係事項照会書という書面で携帯電話会社に問い合わせることになっている。

 今回は、被疑者が捜査に協力的だったために、自首した時に被疑者が持っていたスマホの携帯電話会社も、そのナンバーも、被疑者から直接聞き出すことができた。その携帯電話会社にだけ問い合わせをしていたために、他の携帯電話会社に被疑者名義の契約がないかを確認していなかったのだ。

「やられたな」

「はい。念のために、全ての携帯電話会社にも被疑者の名前で照会するべきでした」

 向島が渋い顔をする。

「『素直すぎる供述には注意しろ』ってやつだな。俺も気づかずに指示を忘れてたんだから、お前の責任じゃない。反省は俺がするから、お前はこの経験を今後に生かすことだけを考えろ」

 安藤はそうフォローをしてから、「それで?」と向島に続きを促した。

「はい。それで、発信記録がこれです」

 気を取り直したように、向島はA4の紙の束をふたつ出してきた。

「2台のスマホ間で頻繁に通話しています。他の電話への通話記録は一切ありません」

「つまり、被疑者が買って、誰かに片方を持たせて、連絡を取り合うのに使っていたわけだ」

 ざっと通話記録の表の束をめくると、片方の電話の通話記録にはもう片方の電話番号がずらりと並んでいた。

 表の一番下にある最後の通話のタイムスタンプは、事件前日の21時11分。通話時間2分にも満たない、短い通話だった。

 その前には、5月2日のタイムスタンプで、東京から40分もの通話をしている。これは、被疑者が父親の葬儀と遺産相続放棄などの後始末のために、東京に帰っていた間のものだろう。

「しかし、すごい執念だなと」

 山口が呆れたように息をついた。

「これ、2台とも、スマホを分解して、ロジックボードを外して、フラッシュメモリを叩き切ってから燃やしてますよ」

 そう言って、右によけられていた証拠品袋のうちの1個を取り上げる。

「これは、スマホ分解に必要なサクションカップ付プライヤって道具と、形状が一致しました。他に用途もないので、スマホを分解するためだけに入手したのではないかと」

 物干しざおを挟める大物用洗濯バサミにも似た形の焼け焦げた道具は、どう使うものかよくわからない。

「それは、簡単に買えるのか?」

「簡単ですね。ジャングルで翌日配達で入手できるくらいです」

 山口は自分のスマホで、大手通販サイトの商品ページを安藤と向島に示した。挟むところの先端が吸盤になっている道具は、確かにその形が焼け焦げた証拠品と一致している。

「ケースを固定しているネジを外したスマホをこの吸盤で挟んで、グリップを握るとスマホのディスプレイ部分がぱかりと外れる仕組みです」

「そんなこと、被疑者はよく知っていましたね」

 向島が首を傾げる。

「スマホの分解の仕方は、ネットで検索したらすぐに見つかりました。道具も紹介されてましたから、それを参考にしたんじゃないかと」

 山口は再びため息をついた。

「本当に、すごい執念を感じるなと。

 イーフォンはデータを暗号化する仕組みがあって、端末が内部に持つ暗号キーが無ければデータを読み出せないようになってるんです。で、簡単な操作でその暗号キーを消去しちゃうと、暗号を解読できなくなって誰もデータを復元できなくなる。これも、ネットで検索すればすぐに見つかる情報です。

 でも、これを壊した人間は、それだけでは納得できなかったんですよ。物理的に破壊しないと安心できなかった。

 絶対に中のデータを消滅させる、絶対に他の人間に見せない、って意志を感じるなと」

「データの復元は?」

「もちろんできません。京都の科捜研だって、アメリカのCSIだって無理です」

 ドラマを引き合いに出して山口は断言した。

「こっちがスマホの部品だって言ってたな? じゃあ、残りのこっちはなんだ?」

 安藤は残った5個の袋を指さした。

「これは、電池ケースと電池と小さな基盤……電源周りの部品と、金属の棒がついたモーターが組み合わさったものです」

 溶けて焦げた8センチほどの長さのプラスチック部分から、17センチほどの長さの湾曲した金属の棒が出ている物体を指さして、山口は言った。

「こっちは、電源周りの部品に、8ミリ径18センチのフレキシブルチューブがついています。中に、電気コードの燃え残りがありました。構造から、この小型バイブレーションモーターが先端についていた可能性が高いです」

 ふたつの証拠品の入った袋を並べる。

「バイブレーションモーター?」

「回転軸に、重心を片寄らせる重りがついているモーターのことです。振動を発生させるためのモーターです。昔の洗濯機って、脱水するときに洗濯物が片寄ってたらガタガタいったでしょう? あれと同じ理屈です」

 さらに、2つの袋を引き寄せ、山口は続けた。

「こっちは電源周り。こっちはバイブレーションモーターです」

「電源とバイブレーションモーターばっかだな。……で、これ、なんだ?」

「えーとですね。まだ、メーカー、製品の特定ができていないんで、多分、なんですけど……」

 山口が少しばかり言い辛そうなそぶりをする。

「なんだ?」

「その……多分、バイブレーターじゃないかなと」

「あ? 何だって?」

 そう言われて思い浮かぶものはあるが、ここでそれが出て来るとは思えなくて、安藤は思わず聞き返してしまった。

「アレですよ。バイブ。大人のおもちゃの、アレです」

 なんとも言えない沈黙が、会議室を満たす。

「え? 被疑者が事件当日にそんなもん燃やしてるって、どんな理由なんですか!」

 そう切り出したのは向島だ。

「なんかの間違いじゃないんですか?! なんでそんなもんだって、断言できるんですか?! 山口さん!」

「いや、確認できていないんだから断言はしませんよ?! でも、間違いないかなと」

「なんでそんなこと言えるんですか!」

「俺、バイブレーター、分解したことあるんですよ」

 山口が言う。

 再び会議室が沈黙に支配される。

「ま、まあ……大人だしな……」と安藤が言えば、「違いますよ! 俺が買ったんじゃないです!」と山口は慌てた。

「18歳の誕生日に、家にいきなりバイブが送りつけられてきたんですよ。同級生のいたずらだったんですけど、親兄弟に見つかるわけにいかなかったんで、分解して捨てたんです。

 それで、この棒のついてるやつ、その中身にそっくりだなと」

 モーターに湾曲した金属の棒がついている証拠品を指さして言う。

「じゃあ、他のは?」

「それがバイブだって気づいたらピンときました。これは電源周りの感じだと、コード付きのローターの電源部だと。ここが強弱調整のダイヤルです。で、このふたつのバイブレーションモーターのどっちかがローター本体。コードは焼け落ちたと」

 そう言われて証拠品を見てみれば、アダルトビデオで見たことのあるピンク色のローターの電源部の形状が、燃え残りの形に見て取れた。

「うわ……ほんとだ……ピンキーローターのアレだ……」

 向島がつぶやいた。

「そんで、こっちは別のタイプのバイブレーターじゃないかなと。握りに強弱調節のスイッチがあるタイプ。このフレキシブルチューブの中にコードが通っていて、自由に曲げられて先端が振動するタイプじゃないかなと」

 ひと通りの説明がついてしまった。

「国内の大人のおもちゃのメーカーに証拠品の写真見せて聞いて回れば、裏が取れるかと」

 おそらく、山口の言う通りなのだろうと、安藤は思った。しかし、その裏を取るのが警察の仕事だ。

「向島。裏取り」

 安藤は向島にそう命じたのだった。

 

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