10-3 被害者のスマホは、書斎の血まみれのデスクの上で見つかっているが、タッチパネル部分の指紋は綺麗に拭き取られていた。

 

 被害者のスマホは、書斎の血まみれのデスクの上で見つかっているが、タッチパネル部分の指紋は綺麗に拭き取られていた。

 被疑者が操作した可能性はあるが、その画面でどういう操作をしたかはわからない。

「家政婦紹介所に送ったLIMEメッセージを被疑者が送った」とは証明できない。

 地下駐車場の出口から被害者宅の裏口までの石畳の小径、そこから表の玄関までのやはり石畳の通路を鑑識が調べたが、靴を特定できる足跡――下足痕は見つからなかった。

 しかし、たとえ裏口への石畳に被疑者の痕跡が残っていたとしても、それは「午前中に被害者を拘束した証拠」にはならない。「殺そうと思って被害者宅まで行ったけれど、長いこと迷った末に決心がつかずに戻ってきた」と言われたら、それまでだ。

 被害者宅の中には、指紋や下足痕、自然に抜けた毛髪など、被疑者の痕跡が数多く残っていた。

 指紋、下足痕は、その重なり方によってつけられた順番が特定できるものはある。だが、「何時間前につけられたものか」を特定するのは難しい。

 例えば、午後から雨が降ったとか、午前と午後で何か条件が違っていれば、「午前中に着いた足跡」と「午後に着いた足跡」を区別することが、あるいはできたかもしれない。けれど残念ながら、そういう要素は見つかっていない。

「午前中に被害者宅を訪れることが可能だった」という証拠は、決して「午前中に被害者を拘束していた」という憶測を証明してはくれないのだ。

 

「聞き込み範囲を広げて地取り捜査をしちゃあいるが、なかなか隙間は埋まらねえなあ」

「カードキーや監視カメラを導入しているくせに、データは保存していないってのが、痛いですよね」

「痛いなあ」

 富田の言葉に、安藤は頷いた。

 

 塩手高校の校舎、体育館、男子寮の地下は繋がっている。地下施設への出入り口のドアにはカードキーが設置されており、監視カメラも設置されている。

 教師、講師、職員、寮監、裏方スタッフ、そして生徒には身分証明書としてカードキーが与えられていて、それぞれにセキュリティ権限が与えられている。

 たとえば、生徒は寮の自室に自由に入る権限が与えられているが、地下施設に入る権限はない。

 講師には、勤務曜日に限定された地下施設に入る権限が与えられている。地下駐車場から校舎や寮に出勤する必要があるからだ。

 最高の権限が与えられているのは、理事長である被害者。女子寮の生徒の自室も含め、すべてのドアを開けることができるマスター権限を持っている。

 男子寮・女子寮それぞれの寮監のカードキーには、理事長に次ぐ権限が与えられていた。異性の寮には入ることはできないが、それ以外は自由に出入りできる権限だった。

 これらの権限は、理事長である被害者が管理していたが、その利用記録は寮の生徒の部屋の出入り記録以外はとられていなかった。

 こんなシステムを導入しているのなら、カードキーの校舎への出入りの記録をもとに出退勤時間の管理も簡単にできるはずだが、あえてしていなかったのだ。

 監視カメラの映像データもそうだ。

 朝6時から夜21時まで、地上と地下の校舎出入り口に設置された各監視カメラからの映像は校舎にある警備室に送られていた。

 夜21時以降翌朝6時までは、男子寮の寮監室に送られていて、男子寮内と共に寮監が監視することになっていた。

 校舎や寮の出入りは24時間監視されていた。

 だが、困ったことに、これらの映像は常時保存されていなかった。120分を最長とする上書き方式で、監視者が動体検知の警報を受けて、必要に応じて手動で保存するシステムだったのだ。

 被害者である理事長が、「教育機関として、生徒の全てを監視記録するようなことはしたくない」と、こういうシステムを導入したのだと、警備施設の案内をしてくれた塀内校長が説明してくれたのを、安藤は思い出した。

「理事長は、ご自身を監視されたくなかったのかもしれませんね」と、塀内校長は苦笑したのだ。

 

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