8-4 瀬戸弁護士と話し込んでいる間に、通夜の参列者はほとんど帰ってしまっていた。

 

 

 瀬戸弁護士と話し込んでいる間に、通夜の参列者はほとんど帰ってしまっていた。

 いったんホールの外に出て、向島たちに署に戻って報告書をまとめるように指示してから、安藤は再びホールの中に戻った。

 葬儀の日には、さすがに聞き込みはしにくい。蒼田真治の話を聞くのなら、もうすることはない今日の方がいいだろうと判断したのだ。

「峰君、やはり私も残りましょうか?」

 遺族控室の前で、蒼田真治と塀内校長が立ち話をしていた。

「いえ。校長先生は明日の授業もあるんですから、どうぞお帰りなってください」

「じゃあ、一緒に帰りましょう。付き添わないのなら斎場の人が線香番をしてくれると言ってたでしょう? 最近は、通夜に付き添いをしないことも増えてると聞きますし」

「いいえ。これは俺が理事長にできる数少ない恩返しですから、させてください。大丈夫ですよ、今は長く消えない渦巻線香があるので、ゆっくり眠れるんです。付き添いも3回目ですし、ひとりで付き添いをするのも2回目ですから、慣れてます。大丈夫ですよ」

 高校生でそんなことを言う悲しさを理解していないような笑顔で、蒼田真治は言った。

「峰君!」

 塀内校長は、自分よりも大きな蒼田真治の身体を抱きしめた。

「どうか、気を強く持ってね。私も、瀬戸さんも、きっとあなたの味方ですから。いつでも頼っていいんですからね?」

「ありがとうございます。心強いです。どうぞ、これからもよろしくお願いします」

 どこか子供をなだめるように校長の背を叩き、蒼田真治はそう言った。

 何度も振り返りホールの自動ドアを出て行った校長を見送ってから、蒼田真治は安藤を振り返った。

 安藤が何かを言うより先に「お待たせしました」と言われて、一瞬、どう返事をしたものかと思ってしまう。

「どうも。刑事捜査課の安藤といいます」

 結局、そんな曖昧な挨拶を頭にくっつけて、安藤は警察手帳の身分証を提示した。

「少し、お話を聞かせてくれるかな?」

 子供相手、萎縮させないために、いつもよりも砕けた口調で話しかける。

「ええと、すみません。先に、線香のようすを確かめさせてください。あと、遅くなる前に、コンビニで夕食と明日の朝飯を買って来たいんです。お話はそれからでもいいですか?」

「もちろんだよ。あ。よければ、コンビニに一緒に行ってもいいかな? 私も、夕飯を食べていないんだ」

「さっきの騒ぎで、お寿司、食べ損ねましたか? すみませんでした」

 蒼田真治が頭を下げる。

「いやいや。公務中に飲食を提供されるわけにはいかないから、これでいいんだよ。ええと……」

 微妙な沈黙に、蒼田真治が笑った。

「じゃあ、ちょっとだけ待っててください。線香見てきます」

 そう言って蒼田真治は、遺体が仮安置されている遺族控室へと入って行った。

 

 

 

 9へ続く

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