第10節

10ー1 5月18日15時過ぎ。

 

 

 

 5月18日15時過ぎ。

 刑事捜査課オフィスの壁際、ホワイトボードに張られた模造紙を前に、安藤は腕組みをしていた。

 模造紙には、大量に貼られた名刺サイズの4色のカード。

 縦横の線を引かれて分割された模造紙に貼られているのは、集められた報告書の目撃証言だ。

 模造紙の左が被害者についてのもの、右が被疑者についてのもの。

 黄色のカードが生徒の証言。水色が教師・学校職員・講師・女子寮寮監。ピンクが食堂・清掃・警備等の裏方スタッフ。緑がそれ以外の人物の証言だ。

 一番上に犯行前日の証言。

 線を一本水平に書いて、その下に午前中の証言。

 さらに線を引いて、その下に午後の証言が時系列順に並んでいる。

 

 

 犯行前日、5月10日日曜日。

 被疑者は、朝昼晩と食堂で生徒、女子寮寮監、食堂スタッフ、講師、蒼田真治に目撃されている。特に変わった様子は見られなかった、というのが共通した印象だ。

 昼過ぎには、車で10分かからない距離にあるホームセンターで、従業員に目撃されている。被疑者の持っていたレシートの通り、果物ナイフを1本買っていた。防犯カメラにも、確かに本人と分かる映像が残っていた。

 22時には、男子寮でいつも通りに点呼をしている姿が目撃されている。

 

 被害者は、GW中は各地のグループホテルを巡って上客に挨拶をする出張に出ていたそうだ。5月10日はその最終日で、20時19分着の特急でT市に戻り、予約して待たせていたハイヤーで駅から自宅に戻っている。

 ハイヤーを予約する時には「いつもの人で」とドライバーを指定して、一日単位で貸切。料金は月末締めでまとめて振り込みだったそうだ。

 被害者は普通免許は持っているのだが、T市に転居する2年ほど前に交通事故を起こし大怪我をして以来、自分では運転しなくなったらしい。

 

 犯行当日、5月11日月曜日。

 7時15分頃。

 被疑者は男子寮で朝の点呼をしてから、食堂で朝食の席についている。

 朝の食堂のホールスタッフの中年女性が、被疑者の食が進んでいないことに気付いて声をかけている。被疑者は「食欲がないんです。残してすみません」と謝って、味噌汁以外ほとんど手を付けられていない、和朝食のトレーを下げてもらっている。被疑者がそんな風に食事を残すのを見たのは初めてだった。

 昼食の注文札を取って食堂を出た被疑者は、事務室に寄って連絡事項が無いことを確認した。学校事務の女性が証言している。

 その後、ドア一枚でつながる男子寮へ入っていくところを見たと、何人かの生徒が証言している。これらはいつものことで、異常は感じられなかったということだ。

 

 7時30分頃。

 被害者が食堂に現れる。生徒たちが食事をしている中、空いている席に同席してもいいかと声をかけて座り、生徒たちと雑談をしながら洋朝食を完食している。

 食事を終えて同席した生徒たちとともに席を立った被害者は、一緒に食堂入口で昼食の注文札を取って行った。和定食の青い札だったと、複数の生徒がそれぞれに証言していた。

 生徒たちと別れた被害者は、事務のカウンターに寄り、今日は自宅で仕事をすると言って校舎の西玄関から出て行ったと、事務の女性が証言している。

 やはり、いつもと変わったようすは何もなかったらしい。

 

 10時前。

 体育館の地下にある関係者向け地下駐車場に降りるスロープで、被疑者が目撃されている。目撃者は車で出勤してきた清掃スタッフ。スロープ脇の歩道を地上出口に向かって、デイパックを右肩にかけて歩いていたそうだ。目が合ったら、ごく自然に会釈をされたらしい。

 その歩道は被害者の雨の日の出勤・帰宅ルートでもあるのだが、そこを歩いている被疑者を見たのは初めてだった。

 他の地下駐車場利用者も、被疑者がそこを歩いているのを見た覚えは無いと証言している。

 

 10時32分。

 被害者が契約している家政婦の派遣元・大澤家政婦紹介所に、被害者から「今日は来なくていい」とSNSサービスLIMEでメッセージが届く。

 出張の時などは「何日は来なくていい」という連絡が同様にLIMEメッセージで届くが、当日朝に連絡が来たのは初めてだった。

「承知いたしました」との返信に、即、既読マークがついた。

 

 11時40分頃。

 清掃スタッフが、本校舎地下のスタッフ用通路を通って男子寮地下の方へ行く被疑者を目撃している。被疑者はデイパックを肩に歩いていた。

 本校舎地下で被疑者を見かけるのは初めてだった。

 

 12時20分頃。

 男子寮から本校舎に入って来る被疑者が、食堂に向かう生徒たちに目撃されている。

 食堂では、塀内校長が同席している。食が進んでおらず、疲れたようすだったと、校長は証言している。

 昼食、夕食時間に働いている食堂ホールスタッフの男性は、被疑者に「すみません」と謝られながら、味噌汁以外ほとんど残された和定食のトレーを下げたと証言している。

 昼食後に、男子寮に戻っていく被疑者が、何人かの生徒や教師、職員に目撃されている。

 

 14時頃。

 女子寮に隣接するガレージから、寮監に貸与されている軽自動車が出ていくのを、ガラス張りの校舎のロビーを清掃していた清掃スタッフが目撃している。

 

 14時56分。

 被疑者、T署来客用駐車場に軽自動車を乗り付け、立番の警察官に自首。

 

 15時23分。

 被害者宅2階の書斎において、急行した警察官が被害者の遺体を発見。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る