第6節

6ー1 5月13日13時、砂川史朗の身柄をG検察庁T支部に送り、安藤はとりあえずひと息ついた。


 

 

 5月13日13時、砂川史朗の身柄をG検察庁T支部に送り、安藤はとりあえずひと息ついた。

 殺人事件の場合、たとえ犯人があっさり逮捕されていたとしても、周囲の証言や証拠など、その後の裁判をするのに必要なものを集めるのに相当時間がかかる。

 その時間を確保するために、まずは10日間の勾留請求が検事によってなされ、裁判所によって認められるのは間違いない。

 担当検事には、電話で捜査の状況を報告してある。捜査をどう進めるかはこちらに任せて、被疑者に余計なことは言わず、通り一遍の取り調べで勾留請求をしてくれるはずだ。

 安藤が刑事捜査課のオフィスに戻れば、強行犯係二番手の林が自分のデスクから顔を上げた。

「安藤係長。昨夜の暴行致傷事件の弁録と身上調書、共有フォルダに入れました」

「おう」

 安藤は返事をして、自分のデスクのPCの電源を入れた。

 昨夜、市内の飲み屋で観光客同士のいざこざがあった。「表に出ろ」「いいだろう」とよくある売り言葉に買い言葉のやりとりが、店の前での小競り合いに発展した結果、片方のパンチが綺麗に顎に入って相手が昏倒、倒れる時に頭を打って大怪我、という暴行致傷事件になってしまったのだ。

 刑事捜査課強行犯係の人数には限りがある。ひとつ大きな事件があったからといって、いつまでも係員全員がその事件の捜査ばかりをするわけにはいかない。新しい事件が発生すれば、そちらの捜査をするために人員を割かなければならない。

 事件は警察の都合など考えてはくれないのだ。

 今は、蒼田統殺人事件については向島をリーダーに3人を専任捜査員として、それ以外の手の空いている者を現場捜査に割り当ているが、他に事件が起きればさらに捜査体制を縮小することもありうる。

 これが犯人捜査であれば、県警本部から多数の応援が来るところだが、何せ犯人が自首して来た事件、裏付け捜査くらい所轄でどうにかしろというのが本部の意向だ。

 安藤は立ち上がったPCで暴行致傷事件の弁録と身上調書に目を通し、問題がないことを確認してから共有フォルダの中の課長宛フォルダに突っ込んだ。

 ついでに、G大学医学部法医学教室から今朝届いた蒼田統の死体検案書を開く。

 直接死因、失血死(頸部切傷による)。

 死因に関係しない外傷、右側腹部に腹膜に達する刺傷。両手首に擦過傷。

 ページをめくると、全身の前面と背面が描かれた人体の絵に傷の場所と深さが記された図が付けられており、さらにページをめくれば写真データが添付されている。

 おおよそ予想通りの結果の中で、安藤は、ひとつの記載に手を止めた。

 胃内容物、無し。

 事件は14時過ぎに起きている。被害者が昼飯を食べているのならば、まだ消化しきれない食べたものが、胃の中に残っているはずだ。

 それがないのであれば、意味することは三つだ。

 たまたまこの日だけ昼食を食べなかったか、食べた後で嘔吐したか、食べたくても昼食を食べられなかったか。

「……そうくるか……」

 安藤はつぶやくと、スマホを手に取った。

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