第5節

5ー1 私服警官の方が目立たないだろうという判断で、富田と二人、覆面パトカーに砂川青年を乗せ、警察医の勤務先である総合病院に連れていく。

 

 

 

 私服警官の方が目立たないだろうという判断で、富田と二人、覆面パトカーに砂川青年を乗せ、警察医の勤務先である総合病院に連れていく。

「すみません、お手数をおかけします」と小さくなっている砂川青年は、気の毒なくらいだ。

 目を離すわけにはいかないので診察室にも一緒に入ったが、診察中は居たたまれないことこの上なかった。

 警察に居れば、被疑者を全裸にしてケツの穴まで調べ上げなければならないこともある。麻薬犯罪担当の銃器薬物係にとっては日常だ。

 しかしこう、病気でやむを得なくそこを診察されるところを監視される被疑者の状況というのは、なんというか、監視しているこちらも気の毒な気持ちになってしまう。

 できるだけ治療しているところが見えない位置取りをしてやるのは、武士の情けというものだ。

「はい、まとめて自分で押さえてて下さいね」

「器具を入れますね。ヒヤッとしますよー」

 患者である被疑者も、監視しているこちらも、何ともいえない居心地の悪い空気を醸し出している中、看護婦と肛門科の医師の声は、あくまでも優しく冷静だ。さすがプロだ。

「あー。中まで傷がついてますねー。縫合までは必要なさそうですねー。お薬、塗りますねー。はい、お疲れ様ー」

 身支度をして診察台から医師の前の椅子に移動した砂川青年は、ゆっくりと椅子に座ってほっと息を吐いた。

 妙にゆっくり椅子に座る理由は、ケツが痛かったからかと、安藤は納得した。

「肛門裂傷と、直腸裂傷です。

 ええと、また来院できるんですか?」

 肛門科の医師は安藤を見上げた。

「はい。必要ならまた連れてきます」

「では、座薬を三日分処方しますので、夜寝る前に使ってください。

 とにかく、清潔と血行改善です。

 患部を清潔に、できたらシャワートイレを使って、排便後は弱水流でソフトに洗浄して、ペーパーでしっかり水気を取って下さい。できますか?」

 最後は安藤への問いかけだ。

「留置場のトイレにはウォシュレットはないんですが、署員用のトイレにはあるんで、『大のほう』はそちらを使わせるようにします」

 砂川がこちらを振り向いて、「ありがとうございます」と頭を下げた。

「長時間座るとお尻がうっ血して良くありません。定期的に立って体を動かしてください。

 ラジオ体操やウォーキング程度でいいので、運動をするように。

 本来、粘膜は再生力が強いですから、生活習慣から癖になっている慢性症状でなければ、じきに痛みもなくなりますよ。

 飲み薬も三日分出しておきます。炎症を抑え、痛みを抑える薬です。あと、整腸剤も出しておきます。三日後、15日の金曜日、そうですね、午後イチの診療時間に来てください。優先して診療できるようにしておきます」

 医師は、電子カルテを表示しているらしいパソコンのディスプレイの方に目をやった。

「『そこ』はとてもデリケートな臓器ですから、無茶なことはしないように。丁寧に扱わなきゃダメですよ。絶食していると聞きましたが、食べるものが少なすぎると食べ物の腸での滞留時間が長くなって、便が硬くなります。後で大変な思いをしますから、きちんと食事はとって下さい。では、お大事に」

「はい。ありがとうございました」

 砂川青年は素直にそう返事をしたのだった。

 

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