第8話 大都会ツヴェンクルクの街並み
「さてっと。俺はこれから一体どうしたらいいのやら……」
デュランはこれからのことを考えるため、とりあえず今自分が置かれている状況を口に出していく。
「まずは一番重要な所持金の確認だな。これは俺一人が数日分食べていく分しか残っていない。ま、それも当然と言えば当然か」
東側では捕虜として働かされていたが、当然の如くそれに対する報酬など出るわけがない。
デュランは身に着けていた物などを売り払ったことで、どうにか家まで辿り着いたので、そもそも最初から所持金を持ち合わせてはいなかった。
「それに父さんが残してくれた遺産の一部が、この近くにある廃鉱山と今は閉店してるという、ツヴェンクルクの街にあるちっぽけな店の権利書だけか。これを売ったら……いや、こんなもの売ったところで数日分が一週間二週間に伸びるだけか」
ケインから受け取った二枚の権利書を入れている懐へと手を当てて、一瞬これらを売るかどうかを迷ったのだったが、結局は無価値であるからケインは自分に寄越したのだと思い直した。もしも資産的価値があるようならば、彼の性格から見ても自分渡すはずがなかった。
「あとは今着ている服、それに指輪付きのネックレスだけか」
デュランは胸元に身に付けているネックレスを手に取ると、改めてその指輪の存在と重さを確認した。
(たとえマーガレットから婚約破棄されようとも、これだけは何があっても売れないよな?)
本来ならば売ってしまい、少しでも金の足しにすればいいのだろうが、これは元々シュヴァルツ家に受け継がれてきた銀の指輪であった。
それをデュランの母親が死ぬ直前受け取り「デュラン。お前が婚約する相手に渡しなさい」と言われて彼が受け継いだものだったのだ。
だからこれにはマーガレットとの思い出だけでなく、今は亡き母親それに父親との思い出があるため、この指輪だけは絶対に売ることができないとデュランは改めて思った。
そしてどうすることもできず考えた末、デュランが下したその決断とは……。
「とりあえずはそのレストランがあるっていう、ツヴェンクルクの街に行ってみるとするか。それと街にあるはずの公証人の所にも、忘れずに寄らないとな」
デュランは近くにある大きな街『ツヴェンクルク』へと向かうことしたのだが、馬を持っていないため、再び何の建物もない田舎道を延々歩きとなってしまう。
(なんだか皮肉なものだよなぁ。今朝の時点では、まさかこの道を同じ日にもう一度通るなんてことは思いもしていなかったはずなのに……)
今朝方この道を通ったときには、家に帰れる安心感とこれから会える婚約者のマーガレットの顔を浮かべ幸せと期待を胸に抱いていたが、今デュランが置かれた心境はまるで空っぽのお菓子箱のように何ら希望もなく空虚なものだった。
こうしてデュランは行きに馬車で来た道を徒歩で戻ると、どうにか昼になる頃には目的の街へと着くことができた。
「相変わらず活気がある街だなぁ~。俺が住んでいたちっぽけなトールの町とは、家も店も行き交う人でさえもまるで大違いだ。まるで別世界にでも迷い込んでしまったような感じがする」
ツヴェンクルクの街とは大陸でも有数の活気がある大きな街の一つだ。
これといった目立った特産品などはなかったのだが、大陸中央に位置しているおかげなのか、交通の便が良いこともあって様々な店や人が集まり、『都市』と呼んでもよいくらいに繁栄をしていた。
また人が集まるところに商売あり。
この大きな街には宿屋などの宿泊施設はもちろんのこと、飲食店、雑貨屋、武具屋、装飾品屋、宝飾品屋、貴金属店などなど、ありとあらゆる店が所狭しと立ち並んでいる。
「この店も相変わらず稼いでいるんだな。どんだけ悪どく金を儲けていやがるんだよ……ったく。少しは俺達にも回しやがってんだ! この店の
デュランが街の中を見て回っていると、ちょうど街の中央に位置する場所に一際大きな店が見えてきた。
表看板には大きな文字で『オッペンハイム商会』と記されている。
それは通称『石買い屋』とも呼ばれる店の本店である。
石買い屋とはその名の通り、一般的には鉱石や鉱物を取り扱う店の総称である。
だが何故、そんなただの鉱石などを扱う石買い屋の店が街の中で一番大きいのだろうか?
それは生活に欠かせない調理用の燃料や暖を取るのに使う『コークス』の元となる石炭などはもちろんのこと、武器を作るため製鉄する『鉄鉱石』、それにルビーやサファイヤそれとダイヤなどの宝石を加工して作られる『宝飾品』、金や銀また銅など希少金属類の『貴金属』、果ては家や橋などの建材に多く使われる留め具やそれの補強に使う部品の金属プレートなど、それらすべての商品の原材料を取り仕切っている店……それが石買い屋とも呼ばれるものなのである。
また石買い屋はその豊富な資金と人脈それに権力を余すことなく行使することで、庶民が普段から食べている麦や大麦などの穀物類、それに家畜を育てるのに必要なデットコーン飼料などの製造から販売までを取り仕切るなど、その経営は多岐に渡り、まさに商業圏すべての大本とも言える存在なのだ。
よって市場への供給を意図的に調整することにより、この大陸すべての商品価格までをも自由自在に変えて庶民達から金を搾り取り、その生活を苦しめている。
そしてその発言力は庶民や貴族だけの枠に収まらず、国や裁判所でさえも彼らに服従しているとも言える。
もはや石買い屋とは名ばかりの存在で、一つの国家と表現しても決して大げさではない。
それこそ
「まずはレストランよりも先に行くべき場所は公証人のところだな。父さんの遺産分配が公正に行われたかの確認もしないといけないし、それにもしかしたらやり直すことだってできるかもしれない!」
実はデュランはこう考えていた。
自分が生きて戻ってきた今ならば、父親の遺産の再分配ができるはずなのだ――とも。
だからそれを今から公証人に願い出るつもりだったのだ。
『公証人』とは読んで字の如く、契約や法律に基づいて従い証明・承認する役人のことである。
これは商業契約を結ぶ際や遺産相続するときなど重要な行事に活用できる『立会い証人』とも呼ばれる制度である。
その力は裁判所に通じるものがあり、まず一番上に国の法律が存在し、そして二番目に裁判所が位置し、次いで三番目に公証人が位置づけられるほど重要な役割を担っていた。
「ここ、なの……か? それにしても案外小さなところなんだな。ほんとにこんなところで……いいや、ダメだ! やる前から諦めてどうするだデュラン! 話だけでも聞いてもらわないと」
デュランは街中を捜し歩いてようやく目的の場所を見つけることが出来た。
そこへは初めて訪れたのだが、そこは何の変哲も無い小さな店とも呼べるこじんまりとしたレンガ造りの建物である。
一応表通りに面した場所なのだが、その建物へに人の出入りはほとんどなく、玄関ドアの上に小さな立て看板が付いているだけだった。
これでは特別な用でもなければ見つけるのは至難の業だろう。
尤も、ここに用があるのは貴族や商人それと役人くらいなものなのだから、一般庶民達には縁遠い場所なので致し方ないとも言える。
建物は見た目同様小さいが、その権力は絶対とも言える地位である。
もしここ以外に唯一対抗できるものがあるとすれば、それは裁判所くらいなものかもしれない。
そうしてデュランは臆することなく、その建物のドアを叩き中へと入って行った。
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