第7話 叔父ハイルの思惑と夢心地

「ごほっごほっ。うおっごほっごほっ」

「お養父様っ! 大丈夫ですか!?」

「ごほ……ああ、まだ死ぬには少しだけ早いからな。ケインがどうにかまとも・・・になってくれるか、それともお前が我が家系の家督を引き継ぐその日まで、ワシは死ねぬのだ」

「お義父様……」


 現当主であるハイルもまたデュランの父親同様、同じ病にかかっていたのだ。

 肺を患い、特にこの数ヵ月はベットからも起き上がれないほど、その経過は思わしくはなかった。


 彼の主治医からは既に手遅れだと見放されてしまい、ってあと数ヵ月しか生きられない、との余命宣告をされていた。

 

 ハイルは自分の息子であるケインの将来をとても心配していたため、死んでも死にきれない状況に置かれていたのだ。


 ハイルの長男ケインは誰に対しても上から物事を高圧的に押し付ける傾向にある。

 特にそれは自分より下の身分の者、それと自分の能力よりも優れている者への応対するときに多くみられていた。


 自分に自信を持つことは大切なのだが、それでも自分が思っている以上にその能力を過信することは愚か者がすることであり、時としてそれは諸刃の剣となり得る事態を引き起こしてしまう。


 ハイルは自分が病気になり余命が短いことを知ってから息子であるケインへと家督を譲り、鉱山やレストランの経営はもちろんのことデュランの父親フォルトから奪い取った財産、そのすべての判断を彼に委ねてきた。


 だがその結果たるは散々なものだった。


 ハイルの耳へともたらされるその情報の多くは、息子であるケインの傍若無人っぷりと愚か者だということを露呈する結果でしかなかった。


 それこそ毎日が重労働で、落盤や落石などの危険が常に付き纏う鉱山の仕事には、必ず人夫にんぷまたは鉱員こういんとも呼ばれる日雇い労働者が不可欠な存在である。


 彼らは日が昇る前の早朝早くから日が暮れる晩まで一日を通して働き、ようやくと安い賃金を得てして、その日一日どうにか家族を養い暮らしていた。そのため例え一日であっても、その賃金の支払いが滞ってしまえば立ち所に生活ができなくなってしまう。


 だがしかし、ケインは彼等が貧しい身分だからと言って残業代は愚か、本来正当報酬であるはずの日払い賃金までをも出し渋り、労働者である彼らそのほとんどから反感を買っていたのだ。

 そしてついこの間もケインの物言いと長きに渡る賃金の不払いにより、暴動が起きかけていた。


 そのときはどうにかハイルがマーガレットへと命じ、不払いとされていた賃金を支払うことで、なんとかその場を収めることができた。だが今後はどうなることか、また自分が亡くなった後はどうなってしまうのか、それを考えるだけでもハイルの頭は痛みを覚えてしまう。


 人の上に立つ者の資質とは本人の能力はもちろんのこと、下にいる人間にも慕われねば人の上に立ち続けることは出来ない。

 人心とは一時は金や権力で抑えることができるだろうが、そんなものは長くは続かないものである。


 そもそも金や権力、またそれらに準じる人の欲望というものは、まるで海水を飲み干すのと似ているともハイルは考えていた。

 いくら喉が渇いたからと言って海水を飲み干してしまえば、余計に喉を渇かせてしまい、その先に待ち受けているものは『死』あるのみ。


 鉱山の経営やレストランの経営も同様であり、労働者である彼らのことを上手く使いこなせねば、その後に待ち受けるものは経営者としての死……つまりは破産であり、貴族にとっては家系が途絶え滅びてしまう『没落する』という道しか残されていない。


 それを知っているからこそハイルは、ケインに対して毎回戒めの言葉を口にするのだが、父親が病でベットに伏せがちとなり、自分に目が届かないことを良いことに、彼は父親の言うことを一切聞こうとしなかった。

 そこでハイルが目を付けたのが婚約者を失ったマーガレット、それと生きているとの情報を事前・・に得ていたデュランだったのだ。


 ハイルはデュランから財産と婚約者を奪い取り、そのすべてを息子ケインへと与えた。

 これでデュランはケインのことを敵視して自ら大切にしていたモノ、そのすべてを奪い返そうと躍起になり、自ら進んでケインへと争いを起こそうとするだろう。


 それにケインは前々から邪魔な存在だと思っていたデュランに対して、戦地にまで刺客を送り込んでいたのだ。

 だがそれもしくじってしまったため、デュランが生きて戻ってきてしまうという最悪な結果となった。


「自分の息子ながら詰めが甘いヤツめ……」と内心ハイルは思ってしまうのだが、逆にこれはケインに自分への甘さを自覚させるための良い薬だとも考えていた。


 だがこれでケイン自身もデュランとは真剣に向き合わなくてはならなくなる。

 何故なら婚約者を奪い取っただけでなく、彼を殺そうと刺客を差し向けたのだから……。


 そんなことが知れてしまえばデュランはもちろんのこと、婚約者であるマーガレットでさえ黙っているはずがない。

 ケインは必ず全力でデュランを排除しようと動き出すはずだ。


 そしてそのデュランにより危機感を刺激されたケインに対して、シュヴァルツ家当主としての自覚を芽生えさせる……それがハイルの当初の目的であった。

 その保険的意味合いとしてケインとマーガレットとを婚約させ傍に置くことで、ケインを支える女主人の地位に納めることにした。


 だが、もしかするとこれからのシュヴァルツ家の家督を継ぐものは、息子の妻マーガレットになるかもしれない。


 彼女は自らの身の程や役割というものをしっかりと理解した上でわきまえている。頭も良く器量も良い。それに機転だって利く。もしもケインにシュヴァルツ家当主としての器を示せないようなら、代わりに妻であるマーガレットを据え置くことにしようとハイルは考えていた。


「ふふっ。さてさてどうなることやら……。この名門たる貴族の総括であるシュヴァルツ家を引き継ぐことになるのは息子のケインか、それともその妻であるマーガレットか、あるいは……」


 ハイルはこれからの短い人生が今までの人生において一番刺激的になるものだと確信していた。


「むぅ」


 だが警戒しなくてはならない。

 デュラン・シュヴァルツ。彼はとても危険な存在だ。


 自分の兄でありデュランの父親フォルトもそうだったのだが、彼は凡人とは比べ物にならないほどの考えの持ち主だったのだ。

 だから当然その息子であるデュランも同等の……いいや、それ以上の存在へとなり得る器を持っているとハイルは考えていた。


 デュランの性格は何事にも慎重であり、それと同時に恐れというものを知らない。

 また時として大胆不敵に物事を判断して、その決断力はとても早い。


 それに父親同様、常人ではとても考えられないようなアイディア思いつく知性まで持ち合わせ、また父親には無かったはずの人心を掴むのも上手かったのだ。


 だが、それでいい。

 いいや、むしろそうでなければいけない。


 デュランが危険な存在であればあるほど、ケインそしてマーガレットがより刺激されることだろう。


「…………」


 ハイルは眠るように目を瞑ると、今後起きるであろう出来事を夢見て楽しむのだった。

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