第9話 遺産の再分配と公証人

 建物の中はこれまた外と同じく簡素な作りになっており、テーブルと椅子がいくつかあるのと書類を納める棚が壁際に並べられているだけのとても狭い場所だった。


「おや、お客さんかな? 今の時間に来客とは珍しいこともあるものだな。それに君のような若い人がこんな場所に訪れるとはこれまた珍しい。それで何か用なのかね?」


 そして机に向かい事務仕事をしていた初老の男性がデュランへと声をかけてきた。

 きっと彼が公証人と呼ばれる役所の人間に違いない。


「実は俺、デュラン・シュヴァルツっと言って。父さん……いえ、父の遺産について詳しい話を聞かせてもらおうかと思いまして」

「ああっ! トールの町の貴族シュヴァルツ家の長男か。確か当主の名は……フォルト? フォルト・シュヴァルツだったかね? さぁそんなところに立っていないで椅子にかけたまえ」


 どうやら相手はデュランとシュヴァルツ家のことを既に知っていたのか、デュランの父親の名前を口にした。

 そして自分の正面へと座るようにと椅子を引いてデュランをエスコートしてくれた。


「ありがとうございます」

「なぁ~に、いいさいいさ。ここへは来客なんて日に一人来るか来ないかなんでね。ちょうど暇を持て余していたところだよ」


 まだこの男性とは初対面であったが、とても良い人そうに思え、デュランはこの人ならば信頼できると好印象を持った。


「あの……失礼ですが、父さんのことを知っているんですか?」

「ああ、ああ。もちろんだとも。よぉ~く知っているさ。なんせこの周辺に住む貴族達の名前を覚えるのも仕事のうちでね。ま、もっともそれも名前だけで顔はまったく知らないんだがね。はっはっはっ」


 その男性は緊張しているデュランを気遣ってなのか、彼の質問に受け答えながらも冗談を言って場を和ませていた。


「それにこの間、彼の甥が遺産相続の手続きもしていっただろ? だから名前を覚えていたのさ」


 どうやら以前、ケインがデュランの父親の遺産相続についての手続きをしにここへとやって来たことが男性の言動からも受け取れる。


「あれ……でも変だな。確かフォルトの長男は戦地で死亡したって話じゃなかったかね? この間ここを訪ねてた彼はそう言っていたが、違ったのかね?」


 ケインはデュランについても話をしていたらしい。

 もっともそれも遺産手続きに必要なため、公証人である彼に話したのかもしれない。


「実は戦地で銃に撃たれたのですが、命からがら助かりまして。ですが、その後は東側の捕虜となってしまい、ようやく数日前に解放されて、今日こちら側に戻って来たばかりなんです」

「なんと! そうだったのか。それは随分と苦労をしたのだろうなぁ~。じゃあ、君の父親の死に目にも……」

「え、えぇ……はい」

 

 彼はデュランの話を聞き、まるで自分のことのように心配してくれていたのだ。


(これならば、もしかすると……)


 デュランは思い切って遺産の再分配について話を切り出すことにした。


「それでですね。俺の父親……フォルト・シュヴァルツが残した遺産の再分配についての話をしたいと思って、ここにやって来たんです」

「うんん? い、遺産の再分配をかね? ……君自身が?」

「はい!」


 まさかデュランのような子供が再分配……つまり既に振り分けられた遺産について、異議を申し出るとは夢にも思わなかったのだろう。

 男性は少し渋い顔をしてから、何かを納得するように頷いた。


「うーん。遺産の再分配……か。なるほどなるほど。確かに死んだはずの君が生きているとなれば、当然残された遺産分配の話も違ってくるだろうなぁ~」

「じゃ、じゃあっ!!」

「いや、それがな……その話はとても難しいと思う。言ってしまえば不可能に近いだろう」


 男性はデュランが今置かれた状況に共感するも、難しくてできないと否定してしまう。


「な、なんでですか!? 実際問題、俺は生きていたんですよ! それなのに!!」

「いや待て待て。それはワシもわかっとる。でも過去にそのような前例が認められたことはないのだよ」


 デュランは自分の存在意義自体を否定されてしまったと公証人に詰め寄ると、彼は両手を突き出してデュランに落ち着くようにと、その肩に触れ再び席へと座らせた。


 法制度としての遺産の再分配は確かに存在していた。

 けれども過去にそれについて異議を申し出た例も、またそれが認められた例も聞いたことがないのだという。


「そ、そんな……。ほ、他に手立てはないって言うんですか!?」

「うーん。まぁ確かに君の言うとおり、裁判所に願い出ることはできるだろう。けれども既に決定してしまい、役所も認めてしまったものをおいそれと覆すことは容易なことではないのだ」


 国も役所も裁判所もまた、すべては裏で繋がっているそれぞれが組織の一部なのだ。

 だから仲間意識と自分達を守ろうとする防衛本能から外敵を排除するため、デュランの主張は絶対に認められるわけがない。


 もしもそれらに対抗するものがあるとするならば、それは石買い屋だけかもしれない。


「要するにそんな法律は名ばかりのもの……ってわけですね?」

「ああ、有り体に言ってしまえばな。すまないな」

「いえ、貴方が悪いわけではありませんから」


 デュランは唯一の希望を打ち砕かれてしまい、ガックリと気落ちしてしまっていた。

 そして椅子へと勢い良く座ったため、内側に仕舞い込んでいた書類がデュランの胸元付近から顔を見せた。


「その胸に仕舞っているものはなんだね?」

「……えっ? あ、ああ。これは……」


 デュランは二枚の権利書についてを聞かれ、公証人である彼に見せることにした。

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