第5話 ノックの音がした>早すぎた埋葬にはご注意

 ノックの音がした。

 ナムはぎょっとし、伸ばしかけた手を引いた。

 コムはナムと同じようにした上、両腕で自らを抱きしめている。

「聞こえた……よな?」

 ナムがコムに尋ねた。その目は、焦点が定まっておらず、おどおどしている。

「うん、き、聞こえた聞こえた。ノックの音が……棺桶の中から」

「お、おまえも、棺桶の中からと思った?」

「お、お、おう。信じたくねえけど、確かに……」

 二人は問題の棺桶をじっと見つめた。

 ナムとコムは、墓堀人だ。遺体を埋葬するのが仕事。

 埋葬は、巨大な洞窟の奥深くで行われる。この神聖な場所に入れるのは、神官やその従者の他は、許可を得た墓堀人だけ。名誉ある職と言っていい。

 彼らがこれまでに扱ってきた棺桶の数は、千を軽く超えるだろう。言わば、ベテランの域。

 元来、ナムもコムも恐がりなのだが、それでもこの仕事を続けるのには訳がある。当然、実入りがいいからだ。

 そんな彼らが怯えているのは、これまで一度として、体験していない事態に遭遇したからである。経験さえあれば、棺桶から手足が生えようが、二つに増殖しようが、耐えられるはず。

「どうする、おめえ?」

「……突っついてみっか?」

 常備している釘抜きを拾い上げると、コムはその先っちょで、怪しい棺桶の上っ面を軽く叩いてみた。叩くと言うよりも、振るえる腕のせいで、勝手に当たった感じが強い。

 ほどなくして、ノックが聞こえてきた。

「ひ!」

 ナムとコムはみっともなくも、抱き合った。その場にぺたんと座り込み、がたがた震える。

 同時に、吹き込んできた風に灯火が大きく揺れて、怖さを煽る。

 表記しがたいわめき声を上げながら、ナムとコムが逃げ出そうとした矢先、棺桶の中から声が聞こえた。

「助けて……ください」

 足を止め、ん?と顔を見合わせる墓堀人二人。

 揃って棺桶に顔を向け、二人三脚でもするかのように、足並み合わせてゆっくりと近付く。

「助けてください。私は生きている」

 また声がして、二人は足を止めたが、今度は恐怖心もだいぶ薄らいだ。手を伸ばせば届く位置に立ち、棺桶に呼びかける。

「おーい……誰だ?」

「あ、開けてください! 息苦しい。早く!」

 切羽詰まった口調に、ナムとコムは、釘抜きを手に、開けにかかる。

 およそ五分後、蓋は取り去れられ、死に装束を施した若い男が現れた。

「ありがとう、助かりました。で、でも、もう一人、私のような目に遭っている仲間が」

「何だって? ど、どの棺桶だ?」

 若者は、うつろな目で辺りを見渡し、やがて一つを指差した。

 三人がかりで開けると、中からはやはり死に装束姿の男が横たわっていた。こちらは、中年ぐらいか。意識を失ったまま、目覚めないでいるらしい。

「大丈夫、息はあります」

 自らの判断に、若者は安心したようにうなずいた。

「それで、あんた、どうしてこんなことになった?」

 ナムが尋ねる。

「かたきの罠にはまって、生きたまま埋葬されそうになったのです。あちらの彼は、私の幼なじみの父親で」

「ふむ。世の中には、悪い奴がいるもんだ」

 ナムとコムはうなずき合った。

「俺達も、生きたままの人間を埋葬したとあっちゃあ、寝覚めが悪くなるところだった。あんたら、しばらく休んでな。俺達の仕事が済んだら、外に連れ出してやるよ」

「し、しかし、私はここに生きて入ることはもちろん、出ることも許されていない身分。大丈夫でしょうか……」

 岩に腰掛けたまま洞窟内を見回し、不安げな若者。

 ナムとコムは、そちらに背を向け、埋葬作業に取りかかった。

「ああ、大丈夫だって。俺達だって卑しい身分だけどよ、一応、神官様に顔が利く。話せば、分かってくれるだろうし」

「そうですか」

 若者は立ち上がった。

「でも、その必要はない」

「え――?」

 肩越しに振り返ると、若者の他、中年男もいつの間にか起き上がっていた。

 彼らの手には、大きな石が……。

 墓堀人達は、打ち倒された。


 洞窟の口に立つ見張りに、遅かったなと声をかけられた二人は、「すんません」とだけ答え、そそくさと立ち去った。

「うまく行ったようです」

「ああ」

 若者と中年は、声を殺して笑っていた。

「あの墓堀人ども、釘抜きなんか、何のために持っているんだ? けっ。埋葬するのに、必要ないだろうが」

「噂は本当でしたね。あいつら、棺桶を開けて、中から食い物や酒、装飾品を持ち出していたんだ」

「こうなってくると、女を死姦していたっていう噂も、あながち、外れじゃねえかもな」

「私の母親も、やられたかもしれない……」

「復讐は果たした。これは正当なものなんだ、気にするな」

「気にしてなんかいませんよ」

 頭部を隠すフードを取ると、息をついた若者。

「それより、どうしましょう? 墓堀人どもは私達の棺桶に入れて埋めたから、すぐ気付かれることはないでしょうが……。しばらくばれないように、墓堀人のふりをして、あそこに出入りしますか?」

 その問いかけに、腕組みをして考える中年男。

「うーむ……。いや、やめておこう」

「何故です? 下手をしたら、私達が怪しまれるかもしれない」

「分かってないな」

 中年男はにやりと笑った。

 首を傾げた若者に、得意そうに教えてやる。

「墓堀人のふりをしていたら、俺達みたいに復讐にやって来た奴に、間違って殺されるかもしれないじゃないか。そんな危ない真似、やってられん」


――終劇

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