第32話 そこは現実世界②

『ナリさん、大変なことが判明した』


「次にあんたが何言うかわかった」


『このまま落ちると僕らは死ぬ』


「それはそうでしょうよ! アメンボ!」


『スイスイ!』


 アメンボマシーンが翼を広げ、私の下に潜り込んだ。

 そして、ケミストリめがけて飛翔する。

 彼も拾い上げて、まずは一安心。


 これ、アメンボがいなかったらおしまいだったじゃん。

 ノープランな神様だなあ!


 ……そっか、もともとこの神様はトムなんだから、大体頭の中身もトムなのだ。

 頼りない系男子だな。

 確かにトムの言う通り、ケミストリは背も高いし顔だけはいいけど。


「うーん」


『何を唸っているんだいナリさん! 魔王が体勢を立て直す! この世界を侵食されないうちに倒すんだ!』


「おっと、そうだった! ケミストリとトムについて考えてる場合じゃなかった」


『スイスイ!』


 私の意を汲んで、猛烈なスピードで飛んでいくアメンボマシーン。

 魔王は私たちを見上げながら、地面スレスレでふわりと停止した。

 そこは道路の直上だ。


『やってくれたわね!! だけど、ここからなんだからね! あたしは今、惑星にたどり着いた! つまり、魔王が本領を発揮するってわけ……ウグワーッ!』


 あっ、トラックにはねられた!!

 ピューンと飛んでいった魔王が、道路下の川にポチャンと落ちた。


 ここ、多分23区内だよね?

 道路の下を川が通ってたりとかよくあるんだよね。


「アメンボ、追跡!」


『スイスイ!』


 慌ててアメンボに後を追いかけさせようとするんだけど、そこへ、水中からポンポンと大きなものがいくつも飛び出してきた。

 なんだなんだ!


『もがーっ!!』


 真っ黒でつるっつるの頭をした、マッチョな怪物たち。

 たらこ唇だけが真っ赤で、そこから牙をむき出しにしている。


「もしかしてこれ、デーモン!?」


 マッチョな怪物の周りを、翼を持った小さいマッチョが飛び回る。

 これがインプかなー。


 突然道路に現れた怪物に、周囲はパニックになった。

 そりゃあそうだろう。

 日常の中に怪物が出てきて、道路を占拠するなんてなかなかあることじゃない。


 走ってきた車がデーモンに蹴飛ばされて、ひっくり返った。

 大型トラックがデーモンをはねる。


『ウグワーッ!!』


 あ、トラックはデーモンより強いのね。

 なかなかリアルな力関係を見てしまった気がする。


「よーし、そんじゃあ、騒動を収めに行こう!」


『そうだね。魔王は気になるけど、ナリさん的には目の前の被害を放っておけないだろう?』


「もちろん。私のことよく分かってるじゃん!」


 デーモンの頭の高さまで降りてきた私は、周囲のインプに向かって口を開いた。


「吸引!」


 キュイイイイイイイインッ!!


 こっちの世界でも、吸引できる!

 インプたちが、「ウグワー!」「異世界に来てまでこんなことにー!!」とか叫んでいる。


◯お腹の中

 真・インプ×8

 現実世界の光


◯レシピ

 インプミサイル改


「よーし、錬成!! いけ、インプミサイル改!!」


 お腹がピカッと光って、今までにないくらい大きなミサイルが飛び出してくる。

 これがデーモンたちに炸裂すると、『ウグワーッ!?』そのまま上空まで勝ちあげていって、空の高いところでドカーンと爆発した。


 真昼の花火かもしれない。

 同じノリで、インプとデーモンを次々に片付けた。


『ナリさん、小型の端末を我々に向けてパシャパシャやっているね』


「やべ、写真とか動画撮られてるじゃん。吸引しちゃおっかな」


『人間まで吸い込むんじゃないかな……。というか、こちらの世界にはリビングドールがいないんだねえ……』


 ケミストリがしみじみと感心している。

 のんきだなあ。


 状況は解決。

 魔王は見失った。

 飛んで吸引してミサイル出してるところを撮られた。


 今日はこんなところではないだろうか?


「よし、一旦家に帰ろう! せっかくこっちの世界に戻ってこれたんだし」


 私はそう決めた。


「アメンボ、戻ろう!」


『スイスイ』


 アメンボに道案内しつつ、ぶーんと飛んでいく。

 私の住まいは都内だけど、区内じゃない。

 ということで、知ってる駅まで線路を伝って飛んでいき、そこからまた線路伝いに実家に向かうのだ。


 もう、目立った目立った。

 めちゃくちゃ写真や動画を撮られたんじゃないか。


 こっちの世界はこっちの世界で、なかなかウザいなあ!


『スイスイ』


『ああ。物凄く賑やかな世界だね。それにどこに行っても人がいる! そして物で溢れている! アルケイディアなんか可愛いものだったね』


 アメンボとケミストリが何やら感心してる。

 時刻が夕方になった頃、私は自宅に帰り着いた。


 あれっ。

 なんか騒いでるんだけど。


「ナリが消えた!」


「ナリちゃんが消えた!」


 うちの父と母がわあわあ言ってる。

 なんだろう?


 私は玄関先に、ぶいーんとアメンボをおろした。


「どうしたの?」


 開いている玄関から入って問うと、父と母が振り返り、目を見開いた。


「ナ……ナリが生きてる!」


「ナリちゃんが立ってて、可愛い服着てる!」


 ここで私、悟る……!!

 私ってば死んで異世界に行ってたんだな!


 そして、私が戻ってきたから、死体になってた私が消えたのだ。


「ナリー!!」


「ナリちゃーん!」


 抱きついてくる父母を受け止める。

 異世界で鍛えられた私の足腰は強いぞ。

 二人をがっちりキャッチして微動だにしないのだ!


 で、おいおい泣いてた父が、ハッと顔を上げた。


「ナリ、こちらの男性は……?」


 父親特有の、娘が連れてきた男に対する警戒心!

 これに対して、ケミストリが微笑んだ。


『ケミストリです。ナリさんとは親しくさせてもらっています』


 こらー!

 場を混乱させるようなことを言うなー!


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魔王が地球に解き放たれてしまった!

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