第21話 ガラスの海のマーメイド③
アメンボマシーンが、水飴の海をすいすい泳いでいく。
ここから見ていると、案外水飴の層が深いなあ。
ガラスの海と言うけれど、もともとは結構の深さの水があったんじゃないだろうか。
この世界が人口の世界だとしたら、水がたくさんあった方が温度の調節とか楽なんじゃない?
それから、ガラスの海はどこまでも広がっていて、遠くの方でどうも、上り坂に変わっているように見える。
上り坂かあ……。
海が上り坂になってるってどうなの? そのまま海が壁になって、空に続いて……もしかして、あの空の青さって海の色だったわけ?
「すごい世界だなあ……」
「僕としては毎日見慣れた世界です! 昔はもっと空がきれいだったんですが、最近ネバネバした青色になってきてた気がしましたね」
「空が水飴になってたんじゃん」
ガラスの海と空は同じものである説、確定ですわね。
「ところでさ。建物っぽいものがどこにもないんだけど」
「僕も、空に建物があるって聞いたことはないですね。というか海を見るのも初めてだったので」
「そうなの!? だって、あの村から海までそう離れてないじゃない。と言うか、この世界自体が横幅があまり広くないし」
「どうしてでしょうね? 僕らリビングドールは、生まれ育った村を基本的に離れないんです。村で生まれて、村で過ごして、村で機能停止して土に還りますから。そういうものだと、今までは思っていたんですよね」
「そっかあ……。確かに、私の世界でもみんながみんな地元を離れるわけじゃないし、むしろ少数派だもんね」
トムがちょっと変わってるだけだった。
ということは、トムからは情報が得られないということ。
自力でなんとかせねば!
「おーい! ガラスの海の遺跡ー! どこにあるんだよー!」
「ナリさん、呼びかけても遺跡が答えてくれるわけでは……」
「トム、一見して良識的な発言だけど、現状維持は何も生まないよ! 私たちが村から飛び出したから、こうやって遺跡を解放して回れるわけじゃん」
「ハッ、言われてみれば……!!」
ハッとするトム。
多分頭かなーって思う先端に、びっくりマークが浮かんだ気がした。
こうして、二人で声を張り上げて遺跡を呼ぶことになる。
しばらく続けようかな、なんて思った矢先だった。
バシャン、と言う水音が聞こえる。
水飴の海だ。
バシャンとかありえない。ネチョッとか音がするでしょ、これは。
だけどバシャンなのだ。
つまり、異常事態!
音がした先には、幻みたいな人魚がいた。
さっき見かけた彼女だ。
「いた、人魚! マーメイド!」
「呼べば出てくるもんなんですね! 僕は一つ賢くなりましたよ」
「うんうん、行動あるのみだね」
会話してたら、人魚はまた水の中に潜って去っていこうとしかける。
危ない!
「ちょっと待ってー!! あのね、遺跡がどこかにあると思うんだ!」
顔だけ出した人魚が、きょとんとする。
遺跡が分からない?
「このガラスの海でね、建物がなかった? 人が入れるような、こういう、こういう」
適当な四角い箱みたいな形を、ジェスチャーで表現する私。
「ナリさん、遺跡の形を知っているんですか!!」
「知らないよ! だから適当! なんかふわっとしたイメージ!」
「アドリブで生きてる方だなあ……!!」
トムに妙な方向で感心されてしまった。
だけど、人魚にはニュアンスが伝わったみたいだった。
彼女はにっこり微笑むと、私たちを導くように、水面をぴょんぴょん跳ねながら進んでいく。
「アメンボマシーン、追跡!」
『スイスイ』
アメンボマシーンは応答して、水飴の海をすいすいと滑っていく。
速い速い。
人魚に追いついた。
人魚は追いつかれても平然としたものだ。
横を泳ぎながら、指先で何もない空間を指し示す。
「あそこに何かあるの? なんにも見えないけれど……」
そう口にした矢先だった。
『スイスイー!』
アメンボマシーンが何かにぶつかって止まった。
「うわーっ」
「ウグワーッ!」
私とトムが、水飴の海に投げ出される……と思ったら、地面の上に落っこちた。
いてっ!
腰を打った!
だが、私は打たれ強いらしく、問題なく立ち上がった。
トムもついでに拾い上げる。
そんな私の目の前で、周囲の光景がみるみる変わっていくのだ。
それは、透き通った真っ青な建物だった。
ガラスの海の真ん中に浮かんでいる。
保護色で分からなかったのか。
それに、敷地からちょっと顔を出すと、この建物自体が見えなくなる。
周りにガラスの海と同じ色の映像が出ているんだ。
つまり……この遺跡は常に自分を隠していて、それで魔王に見つかっていなかった。
遺跡はそういうことができるくらい、まだ生きているんだ。
ちゃぷん、と水音がした。
人魚が水面から顔を出して、ね、あったでしょ、とばかりに微笑みかけてくる。
「あのさ、まだこの遺跡ってちゃんと働いてるっぽいじゃない? 解放する必要あるの?」
私が聞いたら、彼女はむくれた顔になった。
水の中に潜っていってしまう。
怒った。
ということは、私の出番がまだまだあるんだろうなあ……。
「全部が壊れやすそうな見た目に見えますから、吸引が楽ですね!」
トムが何やら、私が暴れて何もかも破壊する存在みたいな物言いをする。
失敬な。
私は平和主義なんだぞ。
『スイスイ?』
アメンボマシーンが、自分も上がってきていいので? みたいに聞いてくる。
なんかこの子、自我がない?
ま、いっか。
「いいよ、一緒に行こ!」
『スイスイ』
アメンボマシーンも上陸してきた。
こうして、一人と一個と一機での遺跡探索が始まるのだった。
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遺跡パート!
世界の謎とかがまた明らかになっていきます。
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