第14話 太陽が沈むピラミッド①

 朝になって目が醒めた……と思ったら、まだ夜だった。


「なーんだ。まだ眠れる……むにゃ」


「朝です! 起きて下さい!」


 ビニールのカバな仕立て屋さんに、ぺちぺちぺちぺちぺち!と顔をはたかれてしまった。


「あいたた! 起きる、起きるからー! ビニールがぺちぺちすると痛いってば!」


 フードの中にいたトムも、同時に目覚めたらしい。


「おや……? 僕の腹時間では朝なのですが、真っ暗ですね。これがもしや寝る前に仕立て屋さんが語っていた、日が昇らなくなった湿地ですか」


「そうです。ここの人々が困っています。ぜひ、助けてあげて下さい……! これはもう、この世界ではナリさんにしかできないことなのです! あ、ワタクシはまだ旅をせねばならないのでここに皆さんを置いて行きますが……」


 確かに、仕立て屋さんはコーラの川を移動するのと、服を作る以外はできないのかもしれない。

 荒事は私の領分だもんね。

 ……私が荒事担当……? 解せぬ。


 そう思いながら軽トラの外に出たら、移動店舗はさっさと出発してしまったのだった。


「健闘を祈ります!! ではおさらばですー!!」


 行ってしまった。

 まあ、服も作ってくれたし、一泊させてくれたし。


「またね!」


 手を振って爽やかに別れることにした。

 トムも、ぶんぶんと全身を振って別れを告げたのだ。


「ところでナリさん。完全に夜みたいなんですが」


「そうだねえ。真っ暗だね。星もないよ」


 辺りは完全な暗闇。

 何があるのかも全くわからない。


「ちょっと試しに吸引してみようか」


「そうですね。このままだと危ないですし……」


 ということで。

 キュイイイイイイイインッ!!


 手当たり次第に周りのものを吸い込んでみた。

 すると、お腹の中に周囲のものが入るわけだ。


◯お腹の中

 ぬれ煎餅の大地

 渋いお茶

 闇


「この湿地帯? ぬれ煎餅湿地帯みたい。水分はお茶だって」


「ははあ、きな粉の砂漠に似たものを感じますね」


 確かに。

 和菓子系だ。

 そして、きな粉の砂漠に魔王の眷属はいなかった。


 インプやデーモンがいるのは、マシュマロやキャンディーやコーラといった、洋風のお菓子やジュースのあるところだった気がする。

 もしかして、魔王は和菓子系統とは相性が悪い?


「だったらどうして、ここは日が差し込まなくなってしまってるんだろう?」


 魔王が何かしたとしか考えられない。

 だけど、まずは明かりを作らなくてはいけない。


「ねえトム。ぬれ煎餅とお茶で明かりってできる?」


「できないんじゃないですかね」


「そうだよねえ」


 これは問題だ。

 もうちょっと歩いて、他のものを吸引してみようかな。

 とりあえず、お腹の中のものを錬成する。


「ええと……錬成、おかゆ!」


 ペチャッとしたものが出てきた。

 熱々だ。

 器が無かったので、湿地に直接出現した。


 だけど、地面に落ちるかと思われたおかゆは、何者かに降り掛かったのだ。


「ウグワーッ!! あっつあつ!!」


 幾つかの人影がのたうち回った。

 いつの間にか忍び寄ってきていた!?


「誰!? 吸引して形がのこらないくらい錬成しちゃうよ!」


「ナリさんの非人道的な脅しですよ! この人は本当に実行しますよ!!」


 トムのフォローがなんとなく釈然としない。

 だけど、それはバッチリ効いたらしい。


「さっき地面を吸い込んだ力か!?」


「我らも吸い込めちゃうのか!」


「ひいー、降参、降参」


 突然、闇の中に火が灯った。

 たいまつだ。

 これを手にした、ソフトビニールの怪獣フィギュアみたいなのが闇の中から現れた。


 トムと同じサイズなので全然怖くない。


「我々は湿地の民だ」


「侵入者があったので、ついに魔王が来たかと攻撃を仕掛けたのだが」


「あつあつの恐るべき攻撃で、我々はふにゃふにゃになってしまった……。恐るべし魔王」


「命だけはお助けを……」


「違う違う! 私は魔王じゃないよ!」


 勘違いされていたらしいことが分かり、私は慌てて弁明した。

 あと、魔王と戦いに来たっていうのに、あつあつのおかゆが掛かったら降参するのはどうなの。

 確かに熱いけど!


 湿地の民は、私が攻撃してこないので、どうやら魔王じゃないのではないか、と気づいたらしい。


「あなたは何をしにこんな闇の湿地へ?」


「我々がこんな姿に変えられてから、大地もぬれ煎餅になってしまい、太陽は姿を消した」


「希望なき大地! ピラミッドは沈黙したままだ」


「おお、絶望しか無い」


 湿地の民が、揃って「オロローン」と嘆く。


「そう、それよ、それ。私、ピラミッドに太陽が沈むって聞いて、それをどうにかしに来たんだ。分かりやすく言うと、助けに来たの」


「ナリさんは、各地で魔王の眷属を次々吸い込んでは形の分からないものにしてやっつけて回っているんです! 皆さん、騎兵隊の到着ですよ!! タリホー!!」


 トムのテンションが上ってきた。


「ヒトデ型の怪獣フィギュアだ……」


「ノー!! 僕はぬいぐるみに変えられているのです!! 湿地に降りると湿ってしまいます! なのでナリさんのフードの中から失礼します」


 トムは苦手な地形が多いなあ。

 ともかく、湿地の民からはちょっと信頼されたようだ。


「魔王と戦うお方……! もしや、神のお導き……?」


「そんな感じ」


 本当に神様に連れてこられたし。

 そうしたら、湿地の民は「オー」と感嘆し、一様にひれ伏した。


「や、やめてよそういうの! 頭を上げて!」


「神の戦士がそう仰っしゃられるなら」


 怪獣フィギュアが次々立ち上がった。


「では神の戦士ナリよ。我らの村へ案内しましょう。太陽の登らぬこの世界ですが、旅人のもてなしくらいはできる……」


 こうして、闇の世界の事情を聞くことになる私なのだった。


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闇に閉ざされたぬれ煎餅の大地を救うのある。

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