第9話 きな粉の砂漠に花束を③

 遺跡はバラバラに砕け散ってしまった。

 もともと、経年劣化でもろくなってたのもあるだろう。

 それを、魔王の攻撃みたいなのを凌いだことで、さらにボロボロになってたみたいだ。


 遠からず、遺跡は崩れてしまっていたと思う。


「おおお……わしの遺跡があ……」


 おじいさんががっくりしている。


「大丈夫、ガッカリしないでほしいな」


 私はおじいさんの横に立つ。

 後ろから吸引したら、彼ごと吸い込んでしまうからだ。


「それはどういう意味じゃ……?」


「吸引!!」


 キュイイイイイイイイイン!!


 私の口の中に、遺跡の瓦礫が残らず吸い込まれていく。


「ウグワーッ!? 遺跡がお前さんの腹の中に!!」


「ふう。やっぱりバラバラにしたら問題なく吸い込めるみたい。サイズによるんだね、これ」


「だんだん、ナリさんの能力が明らかになってきますね! いつか魔王も吸い込んで欲しい」


「それは無理じゃないかなあ」


 デーモンは吸い込めなかったし。

 相手が強いと、吸い込むのは無理っぽい。

 だけど、錬成したものをぶつけたらやっつけられた。


 つまり……ひたすら周りのものを吸い込み、錬成してぶつけまくるのがいいんじゃないか。

 おっと、戦うのは後の話。

 今は遺跡だ。


◯お腹の中

 遺跡の残骸×たくさん

 光


◯レシピ

 散水塔


 いけるいける!

 それにしても、あれだけたくさんの遺跡を吸い込んで、私のお腹はいつもどおりなのだ。

 我ながら、胴回りはなかなかいい感じのプロポーションだと自負している。これが崩れないのは最高かも。


「あとは……いちいち錬成でお腹を出さないといけないことかな! ここに開閉自在の窓がついてる服を作りたい!」


「錬成するしかないですね! 素材を見つけないと! その前に、まずはここで遺跡を再生するんでしょう?」


 トムの言う通りだ。

 私は遺跡があったところを指差すと、その言葉を唱えた。


「錬成!」


 めくれた服の間から、光が飛び出していく。

 今回のは大きい!


 光の奔流みたいなのが溢れ出してきて、遺跡があった場所に降り注ぐ。


「おおお……! こ、これは……!」


 おじいさんがへたり込み、これを見上げていた。

 真昼だというのに、二つの太陽にも負けないくらい眩しいんじゃないか。


 その光がゆっくりと収まっていく。

 あらわになったのは、空に向かって広がる色とりどりの建造物だった。


 遺跡の素材を使っているのだけれど、さっきまでのきな粉色じゃない。

 元になる部分は緑色で、空に向かって広がっている部分は黄色や赤やピンク色。


 再生した遺跡は、まるで花束のように色とりどりの姿をしていたのだ。


 どしんっ、と地面が揺れた。

 何事だろう?


「あわわわ」


 地面に降りていたトムが、慌てて足を登ってきた。

 スカートのポケットに腕?を引っ掛けてぶら下がる。


「ナリさん、引き上げてください! 僕の腕力ではこれが限界です!」


 ヒトデアームがプルプルしてて可愛い。

 つんつんつついてたら、私の手の甲にぽつり、と水滴が落ちてきた。


 ……雨?


「ウグワーッ! 濡れる! ぬいぐるみは濡れるとパンヤが湿って大変なことになるんです!」


「スカートの生地が伸びちゃう! 大人しくしてて!」


 じたばた暴れるトムを摘んで、懐に入れた。

 その直後に、周囲一帯に雨が降り注ぎ始めたのだ。


 空を見上げたら、二つの太陽は燦々と照りつけている。

 雲はあるけど、砂漠の上にはない。


 天気雨?

 狐の嫁入り?


 いやいや。

 これは、再生した遺跡が吐き出す水なのだ。

 遺跡を包む緑に、散水塔となった遺跡が恵みの雨を降り注がせる。


 萎れていた草花が、少しずつ蘇ってくるのが分かった。


「おおお……! 花畑が生き返る! また、花畑を見ることができるのじゃ!」


 おじいさんが立ち上がり、喜びのあまり踊りだした。

 そして、コキッと音がしてそのままうずくまった。


「ふおおお、腰の経年劣化が……」


「リビングドールも腰をやるんだね……」


「寄る年並には勝てませんから」


 しばらくおじいさんの腰をさすっていたら、トムが懐でバタバタ動き出した。


「変なとこで暴れないで! どうしたの?」


「ナリさん! 虹! 虹です! アルケイディアで久々に虹を見ました!」


 虹?

 見上げてみると、そこには二つの虹が掛かっていた。


 一つは六色の虹。

 もう一つは、銀色に輝く虹。


 二つの太陽の光で、全然違う虹が掛かっている。

 これは綺麗だ。


「遺跡再生、やって良かったなあ……」


 私はやり遂げた気持ちがいっぱいになり、呟いたのだった。



 きな粉の砂漠に浮かんだ虹は、遠く離れた魔王城からも見えた。

 魔王パナンコッタは立ち上がり、怒りの声を漏らす。


『美しいものは皆、このパナンコッタの手の中にあるべきなのに! どうしてあそこに虹がかかるの!?』


「恐れながら魔王様。何者かがきな粉の砂漠に入り込み、壊れていた散水塔を復活させたようです」


『まだあたしに塗りつぶされていないところがあったのね……。忌々しい。お前たち! 散水塔を壊してくるのよ!』


「お、お言葉ですが魔王様!!」


 闇の中に立つ魔王に、取り巻くデーモンが声を上げた。


「きな粉の砂漠のきな粉嵐は大変肌理が細かく、目に入ったり口から入ってむせたりするので侵入が困難なのです!」


「あれは我ら魔族を拒む土地です……! とてもとても、我々では……!」


『バカをお言い!』


 パナンコッタは、どこからか巨大なハンマーを取り出した。


「ひい、魔王様お許しを!」


『許すわけないでしょ!』


 衝撃音が響いた。

 デーモンがペラペラの紙のようになり、風に吹かれて飛ばされていく。

 恐るべき魔王パナンコッタ。デーモンたちは震え上がった。


 その時、魔王城の窓から遠ききな粉の砂漠より、一陣のきな粉風が吹き込んだのである。


 パナンコッタはきな粉をひと吸いし……。


『ゲーッホ!! ウェーッホッホッホッホッホ!!』


 激しくむせた。

 それから、魔王はふう、とため息をつくと……。


『きな粉の砂漠に手出しするのはやめるわ。目にしみるしむせるもの』


 そういうことになった。

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砂漠に掛かる虹。

そして魔王現る!

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