【新連載版・第6話】3択クイズ

穴の中には、真っ黒な空間が広がっていた。

その中を、俺と少女が落下していく。


まるで、深い井戸に落ちてしまったかのよう。

恐怖のせいか、時間がスローモーションのように引き延ばされる。


横目で見ると、手をつないだ少女は、きゃっきゃと楽しそうに笑っていた。

まるでジェットコースターか、スカイダイビングかを楽しんでいるみたいに。


だが俺にそんな余裕はない。

下を見ると、光に照らされた地面が見えた。


『ぶつかる……!!』


そう思った瞬間、ぶわっと体が起き上がった。


気が付くと俺は、両足から地面にゆっくりと着地していた。

手をつないだ少女も、何事もなかったかのように着地して、笑っていた。


俺は上を見た。

5メートル?いや、10メートル?

頭上には、入ってきたような黒い穴が浮かんでいた。

俺、あんなところから落ちたのか?


と、その穴から何かが姿を現わす。

犬だ!

さっきまで俺たちと一緒にいた犬が、その穴から落ちてくる。


「わっ、わっ!!」

とりあえず俺は受け止めなきゃと思って両手を構える。


だが。

犬は俺のあわってぷりなどお構いなしに、空中を泳ぐようにして、優雅に落下してきた。

そして中腰で身構えていた俺の前に、すとんと着地。


犬が、俺をみて吠える。

少女が楽しそうに笑った。


なんだ、今の物理法則を無視したような動きは……と思ったが、俺はひとまず、自分の姿勢を正した。

それから周りを見て、はっとする。


「どこだ、ここ……?」


洞窟のような場所だった。

だが、普通の洞窟とは思えない大きな特徴が一つあった。


壁が、発光しているのだ。


近づいてみると、壁にびっしりと生えているのは苔のような植物だった。

それがホタルのように、じんわりと光っている。


ホタルよりも大きくて、青白い光。

その光によって、洞窟内はぽつぽつとライトアップされていた。


隣にいる少女と犬は、なんだかすごく落ち着いてる。

これが彼女たちが、俺を連れてきたかった場所なのだろうか。


犬が吠えると、少女が頷き、目を瞑った。


少女は両手を前に出し、唇を尖らせ、何かブツブツと呟いた。


それからはっきりとした声で、唱え始めた。

「×××××××××××××××××××××××××××××」

歌っているような、祈っているような声。

「×××××言葉×××××××××××××××××××××××」

「×××××言葉××××××××××××××してください」


「……ん?」

今、言葉の一部が聞き取れたような。


俺は少女の歌に耳を傾ける。

彼女は同じフレーズを繰り返している。


「××××××言葉××××人間×××わかる×××してください」


繰り返されるごとに、フレーズの中で理解できる言葉が増えていく。


そして――

「人間さんの言葉を、リュイアとヴァンがわかるようにしてください」

「リュイアとヴァンの言葉を、人間さんがわかるようにしてください」

「……!!」


ある程度学んだことのある外国語を聞いているみたいな感覚だった。

耳に入る音は日本語よりもはるかに聞き馴染みがないのに、意識を傾ければ、頭の中で意味は理解できるという、そんな感覚。


しかし少女が発している言語を、俺は一切学んだ記憶がない。

何が起こっているのだろう?


「どうやらいけたらしいな」

隣で犬が喋った。

「……えっ」

隣で犬が喋った!?


「わー、やった、やった!『言葉合わせの魔法』、できた!」

歌うのをやめた少女が言う。

「やっぱり言葉が分かる……なんで……?」

「リュイアが魔法を使ったから!」


少女がぱっと答えた。


俺の言葉まで、通じてるらしい。


「えっと……」

何が何やら分からない。魔法?? まじで魔法なの???


「驚かせてすまない、人間よ」

い、犬がほんとに喋っている……。

そして結構、イケボだ……。


「魔法とは無縁の世界で生きてきたそなたにとっては、おかしなことだらけで、さぞ驚いていることだろう。だがまずは、互いの名を教え合いたい。私は、ヴァン・コ・ロイフォンテ。そしてここにいるのが」


「リュイア! はじめまして、人間さん!」

人間さん……って俺のことか。


「えっと……君も人間さん、だよね?」

「いや、我々は違う」と犬――えっと、なんだっけ。ワンコロフォ……ワンコ。ワンコさんね。

いや、ワンコさんが人間じゃないのは見てわかるけど。


「リュイア、このダンジョンの中には十分にマナがある。元の姿に戻ろう」

「もう隠さなくていいの??」

「ああ。よく我慢したな」

「わーい!」と言って、少女が両手をあげると、彼女の頭に大きな二本の角が。


「ええ!?」


と同時に、ワンコさんが「ふんっ」と唸ると、

「ええええ!??」

こっちはどう考えても、犬とは思えない大きさになった。

そして彼の頭にも、大きな一本の角が。

ワンコさん……全然ワンコじゃないやんけ……。


「人間よ。隠していて悪かった。これが我々の真の姿だ」

「真の姿だ!」少女が楽し気に復唱する。


真の姿だって、言われても。


幽霊かと思って、普通の人間かと思って……で、なんだろう。妖怪……??


「名前を教えてくれるか、人間よ」

「あ、藤堂って言います」

「ア・トドゥーか。良い名だ……」とワンコさんが渋い声で言う。

「あ、違います。藤堂、です。藤堂」

「失礼。トドーか」

なんか発音、怪しいな。

「まぁ、はい」

「トロさん!」と明るく言う少女。

俺は彼女に目の高さを合わせ、伝える。

「藤堂、です」

「トボさん!」

「と、う、ど、う」

「オボボボ?」

……溺れてるの?

いや、言いにくいのかな。

「圭太」

「ケィタ!」

うん、こっちの方が近いな。

「圭太です。よろしくお願いします」


「そうか、ケィタよ」ワンコさんが言った。「互いの名を確認できたところで、ケィタに我々のことを話したい。我々は見ての通り、人間ではない」


ワンコさんはなんかすっごいモフモフだし、少女の方は角が生えちゃってる。

そりゃあ人間ではない、ですよね……。


「我々の正体は、魔法を扱う者――魔族だ。『クラドワット』という、こことは別の世界からやってきた」


魔族……別世界……?


「我々はクラドワットの大魔族シバ・クラド・ロイフォンテに命じられて、この世界にやってきた。我々の使命は、この世界にあるダンジョンに潜り、その最深部にあるコアを破壊すること。その使命を果たした後、元の世界に戻ることだ」


大魔族。ダンジョン。こことは別の世界……。


「一人前の魔族になって、じぃじのところに戻る!」と少女が続ける。


これはとんでもないことになった。


頭の中に選択肢が浮かぶ。


A.夢

B.幻覚・幻聴

C.それ以外の何か。


さぁ、どれだ……?

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