【書籍版・第7話】パチパチ

落ち着け。落ち着け、俺。


まずは目を瞑って、深呼吸。

深呼吸。

深呼吸……。

そしてゆっくりと目を開ければ――


「どうしたの、ケィタ?」と、角のある少女。

その隣には、大きな白いもふもふ。


あー!

全然、夢から覚めないし、幻覚も消えてくれないー!!!


「大丈夫か、ケィタ」

巨大もふもふが当たり前のように語りかけてくるー!!


「ちょっ、ちょっと時間をください……」

「ああ」

「わかった!」


状況を整理しよう。

とりあえず、夢か、幻覚(幻聴)だとして。


俺は目を開き、ゆっくりと周りを見る。

二本の角が生えた少女。

同じく、額に一本の角を持つ、白くて大きなもふもふ。

青白い光で照らされた洞窟。


「リアル過ぎるんだよなぁ……」

夢や幻覚だとしても、どれもあまりに明瞭で、リアル過ぎる。


と、なると。

……どうなるんだ?

夢かもしれない、幻覚・幻聴かもしれない。


でも目の前で繰り広げられる現実とは思えない状況は、俺が昨日まで生きてきた「現実」と同程度のリアリティーを持っているから、それを疑うことは、今まで俺が生きてきた現実を夢と疑うことと同じくらい困難なわけで……。


どう捉えるべきか、しばらく頭を悩ませていると。


「ケィタ、ケィタ」

「ん?」

角のある少女が、俺の膝のあたりをとんとんと叩いた。


「見ててね!」と、元気よく言われ、

「あ、うん」とりあえず頷く。


少女はふすーっと息を吐くと、両手を前に出し、唇を尖らせてぶつぶつと呟く。

そして、「光れ!」と大きな声で言った。


「……ん?」

特に何も起こらない。


「あっ、あれ? おかしいな~」

少女はあわあわしながら、もう一度、ふすーっと息を吐く。唇を尖らせて呟き。

「光れ!」

「……」

やっぱり何も起こらない。彼女の中では、何かが起こるはずなのだろうか。


「どうした、リュイア。光はあるから、魔法で出さなくて大丈夫だぞ」

ワンコさんが言う。


「ちがうの、ヴァン。あれっ、あれっ? リュイア、できるんだけどなー……」

三度、試す。四度、試す。しかし少女が思うような変化は何も起こらない。

しかし諦めず、繰り返す少女。


「光れ!」

ジュッ、ジュ、ジュッ。

「できた!」

彼女の手の中に、変化が現れた。


「おおぉ……」


現れたのは、色とりどりの光。

赤、青、緑。


俺がよく知るもので、それと似たものがあった。

花火だ。

少女の手の中で、小さな花火が踊っている。


パッと弾けては、また小さな手の平から生まれ、別の光がパッと弾ける。

意識を奪われる光景。

二十秒ほどで、その光は途絶えた。


「ケィタ! どう?」

少女がぱっと顔をあげていう。


「えっと……すごい。すごいね」


少女はにこっと笑った。

「違うのもできるよ! 見てて!」

「あ、うん」


俺が答えるなり、少女は唇を尖らせた。

ぶつぶつと呟く。


「光れ!」

何も起きない。


再度、挑戦する。

「光れ!」

何も起きない。


「あれ~。できるはずなのにな~」

三度、四度。少女は諦めずに挑戦する。


「おい、リュイア」

何をやっているのだと言いたげなワンコさん。


だが少女は、ぶつぶつと言葉を唱え続けた。

「光れ!」


そしてまた、少女の手の中に花火が生まれた。

彼女の言った通り、今度は少し違う形で光が弾けている。

それからまた、二十秒ほどで消え。


「どう? ケィタ!」

彼女が顔を上げて、俺に問う。


「うん、すごい。すごいと思う」

俺は小さく拍手した。


彼女は、じーっと俺の顔を見ている。


「……?」


「ケィタ、嫌になっちゃった?」

少女が唐突に、眉を曇らせた。


「えっ」


「ケィタ、地上で手を握ってくれたとき、思ったでしょ? リュイアとヴァンのこと助けてあげます、って。だからリュイアとヴァンの体、光って、透明じゃなくなったの」


幽霊のように、彼らが半透明だったときのことを言っているのだろうか。


たしかにあのとき、俺はそう思ったし、言葉は通じなかったけど、声に出して言いもした。


彼らの体が光ったことには、その意思表示が関係あったのだろうか。


「でもやっぱり、嫌になっちゃった? リュイアとヴァンの話を聞いて、ケィタ、やっぱりやめたくなった?」

「俺は……」


彼女たちに協力することが嫌とか、嫌じゃないとかではなく。

とにかくこの現実とは思えない状況に、どうすべきか戸惑っていて。


少女が再び、唇を尖らせる。

彼女は何度も何度も動作を繰り返す。

そして小さな手の中に、花火を打ち上げた。


「ケィタ。魔法、きれいでしょ?」

「えっと、うん。綺麗、だね……?」

少女の言わんとしていることが分からず、首をかしげる。


「リュイアのじぃじはね、とってもすごい魔族なの。だからリュイアもこれから、もっともっと、すっごい魔法が使えるようになるよ」


手の中の花火が、消えてなくなる。

祭りの後のような寂しさが、脳裏をかすめた。


「ケィタもだよ。リュイアとヴァンとこれからダンジョンに潜ったら、ケィタも魔法、たっっっくさん使えるようになるんだよ」

少女は、話し続けた。

「じぃじ言ってた。こっちの世界の人間さんは、魔力とつながるきっかけがないだけだって。きっかけさえあれば、すぐに魔法が使えるようになるんだって! 

ケィタはこのダンジョンに、一緒に来てくれたでしょ? だからもう、大丈夫なの。ケィタもこうやってすてきな魔法、魔法が……」


そこで少女の言葉は止まった。

少女の大きな瞳の表面が、波のように揺れる。

彼女はぐっと歯を食いしばったけれど、すぐにぼろぼろと、涙をこぼしはじめた。


「ケィタ、一緒にいて。 すてきな魔法、たくさん教えてあげるから。リュイアとヴァンのこと、知らんぷりしないで」


涙を拭いながら、少女は言った。


「ケィタ、私からもお願いしたい」

ワンコさんも言う。

「ケィタは今日まで、魔法ともダンジョンとも関わらずに生きてきた。だから私たちの話をきっとすぐには受け入れられないと思う。

だがどうか今は、私たちと一緒にいてくれないだろうか。

リュイアも私も、この世界で知っている者がいない。今はケィタだけが、唯一つながりのある存在なのだ」


黙って考えていると、次々に否定的な考えが浮かんでくる。


目の前の状況が、現実なものであるはずがないとか。

万が一に現実のことだとして、また余計な仕事を背負いこむつもりなのかとか。


いい人ぶるのはよせとか、こういう性格が祟って、会社勤めのときも一人では抱えきれないほどの仕事を押し付けられていたじゃないか、とか。


俺は目の前の二人に目を向けた。


角のある少女は、肩を震わせて、涙を止めようとしている。

白く大きな獣は寄り添うように立ち、彼女を心配そうに見つめている。


決めた。

現実か、現実じゃないかなんて正直わからない。

でもこの人たちが困ってるんだったら、できることしたいなって思っちゃったから。


あと普通にさ。

面倒な仕事を人に押し付けるのがうまかったり、困っている人間を簡単に切り捨てたり。

そういう人間の方がうまくいく社会って、はっきりいってクソじゃないか。

少なくとも今は。

俺は自分の素直な感情に従いたい。


「よしっ!」


俺はさっきよりも強く、自分の両頬を叩いた。

目の前にいる、一人と一頭のこと。

魔法とかダンジョンとかよくわからないけれど、俺にできることがあるなら力になりたい。

とりあえず彼らの存在を「あるもの」と受け入れて、話を聞くことにしよう。


「リュイアちゃん、ワンコさん」

少女が泣きながら、顔をあげる。

「ワンコサン……?」

なぜか不思議そうに、ワンコさんは呟く。


「詳しく聞かせてもらってもいいかな。俺なんかにできることがあるのなら、手伝わせてもらうよ」


少女がわっと声をあげて、俺に抱きついてきた。

しまった、余計泣かせてしまった気が。


俺は少女を見る。

というか、ほんとに、本物の角だな……。

近くでみると、明らかにコスプレや飾りの角の雰囲気ではない。


でも今は、彼女が魔族であるとか、そうでないとかは関係なく。


困っている人がいたら、自分にできることをしたい。

綺麗ごとみたいだけど、それって別に、人としておかしな感情じゃないよなとも思った。

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