【新連載版・第4話】お手!
『迷子じゃなくて幽霊なんだったら……関わらない方が良かった、のか?』
今更感はあるが……と思いつつ、触らぬ神に祟りなしと考え、何事もなかったかのように背を向けて、その場を離れてみる。
しばらくしてから、ゆっくり後ろを振り返ると。
「君たち、地縛霊とかではないんだね……」
一人と一頭は、当たり前のように俺の後についてきていた。
少女は首を傾げた。
そして「××××××」と言ってくるが、何を言っているかはさっぱり分からない。
たぶん、こちらの言っていることも伝わってはいない。
「まじで、どうしよう」
このまま歩き続けると、自宅に着いてしまう。
この様子だと、一人と一頭は家の中にまでついてきそうだ。
見た目が恐ろしいわけではないし、害がありそうな幽霊には見えないけど。しかし家までついてこられて、うちに留まるようになってしまったら――
どうなるんだ?
……分からない。
このまま家にあげて居着かれてしまった場合、ポルターガイスト的なことが起きて、皿が割れたり、電気がチカチカしたりするのか。
それとも俺の身に、不幸なことが起ったりするのか。
現状、これといった人付き合いはなし、失業中という状態ではあるが、これ以上の不幸……といえば、事件・事故に巻き込まれたり?
さすがにそれは考えたくもない。
お祓いとか成仏とか、うまくおさまるような方法はないだろうか。
すると少女が口を開いた。「××××××××××」
もちろん何を言っているのかは分からない。でも俺の顔を見て、悲し気な顔をしている。
それから少女は、犬の方に話しかける。
すると犬も、それに応えるように吠える。
なんか……もめてない?
「××××××××××××××××××」
おお、今度は俺がめちゃくちゃ幽霊の犬に吠えられてる。
なんでだろう。
もしかして……お腹空いてる?
幽霊って、何が食べられるんだろうか。
普通のものじゃ、無理っぽいけど。
あ、そうだ。お供えものとかあげたら、満足してくれるかな。
あとは……塩? いや、塩は除霊っぽいし可哀想だ。
いやいやこの際、除霊でもいい……いや、いいのか? 流石に可哀想な気も。
とりあえず、成仏(?)的なことしてもらえればいいんだけど。
細い道を車が通る。
俺は脇に避けた。
一方通行の細い道。だからこそ徒歩で来たわけだが、こんなことに巻き込まれるなら、迂回してでも車でコンビニに向かうべきだったかもしれない。
とりあえず、こんなとこにいつまでもいるわけにはいかない。
「もういいや。帰ろう」
ついて(憑いて)来られるかもしれないけど、仕方ない。
うちの自宅には、こじんまりとした仏壇がある。
そこには他界した父と母のためのお供えものとして、幾つかの菓子も置いてある。
二人に手を合わせた後、「これどうぞ」みたいな感じで幽霊たちに伝えたら、そのお供えを食べてもらうことはできないだろうか。
あとは、線香の煙とか。
幽霊たちの世界では、そういう仕組み(?)になってないだろうか。
また車が一台通る。
うん。こんなとこにいつまでいても仕方ない。移動しよう。
俺は自宅に向かって歩き始めた。
遠くで聞こえる車の音と、俺の疲れた足音。
犬と少女……は幽霊だから足音は聞こえない―――ってあれ。
振り返ると、犬と少女は立ち止まったまま、こちらを見上げていた。
犬の背中に置かれた少女の手。その手は、犬が俺についていこうとするのをとどめているように見えた。
少女は犬を優しく撫でながら、何事か言った。
すると犬は乾いた声で吠え、俺に背を向けた。
少女は再び、俺を見上げた。
寂しげに微笑むと、こちらに背を向けて歩き始めた。
『満足した、のかな』
俺はほっとして、彼らとは反対の方向――自宅に向かって歩き出した。
彼らの言っていることは最後まで分からなかった。
分からなかったし、相手は幽霊だし、俺は霊能力があるわけでもない普通の人間だ。
だから、何もできることはない。
彼らはたぶん、様子を見る限り、俺に何かして欲しいことがあるようだった。
でも言葉が違うし、相手は幽霊だし、俺は無力な無職だし。
というかそもそも、彼女たちが存在しているかどうかも怪しい。もしかすると、俺の単なる幻覚かもしれないわけで。
俺はゆっくりと来た道を振り返った。
一人と一頭の姿は消えていなかった。
とぼとぼと歩く背中。
その姿から、目を離すことができない。俺は思わず唇を噛んだ。
分かっている。
情がわいたからといって、なんでもかんでも手を貸そうとしたら、どれほど自分の首を絞めることになるのか。
勤めていた会社で、嫌というほど学んだじゃないか。
みんな結局は自分のことだけを考えて生きている。
誰かを助けるのは、あくまで利害関係があるときだけ。
そうしなければ生きていけないのが、今の社会であり、人生なわけで。
だからこれからは俺も変な情は捨てて、自分の利益だけを考えて生きて行こうって。
仕事をやめたとき、はっきりとそう決めた。
そう決めた……はずなのに。
結局、来た道を引き返してしまう。
「待って!」
一人と一頭が、ゆっくりと振り返った。
「俺、君たちが何言ってるか分からない。分からない……けど、君たちは何かして欲しかったんじゃないの?」
俺は身振り手振りで必死に伝えた。
「俺、幽霊とかあんまり信じてないし、もしかしたら君たちが見えているのも、俺の頭がおかしくなっただけかもしれないって正直まだ思ってるけど。でもやっぱり、なんか放っておけないんだ。君たちは今、何に困ってるの。俺に手伝えること、何かないかな」
犬と少女が、顔を見合わせる。
すると、犬と少女の半透明の体が、仄かに光った。
「!」
少女がそれを見て、声をあげる。
犬も、それに応えるように吠えた。
なんだこれ。最近(?)の幽霊は、光るのか?
すると少女が俺に手を差し出してくる。
同じく、犬も。
その状態のまま、じっと俺の顔を見つめて来る。
「ええっと」
犬だけに、「お手」、的な……?
二人の差し出した手に触れると、彼らの体がより一層輝いた。
少女がとても嬉しそうに、何か叫ぶように言う。
すると。
「!!!!!!!」
俺は全身に、経験したことのない激しい衝撃を感じた。
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