(Web版 第35話)
「圭太さん?」
ハッとして顔をあげる。
「すまん。何か言ったか?」
考え事に没頭し過ぎて、美都が言ったことを聞き逃していたらしい。
「あ、うん。そろそろこのダンジョンの状況も掴めてきたし、前を変わってもらおうかなと思ったんだけど……」
「ああ、うん」
ダンジョンの現状を把握するまでは、美都を先頭に進みつつ、二人とも物理攻撃で戦う。
ある程度、状況がつかめたら、俺が前に交代して、魔法を幾つか試す。
古民家カフェでコーヒーを飲みながら、今回の探索はその流れで行こうと二人で計画していた。
「わかった」
俺は美都と並び、彼女よりも前に出る。
「大丈夫?」
「ん?」
「すごく怖い顔してたから……」
美都が心配そうに眉を顰める。
「悪い。ちょっとボーッとしてた」
自分の存在価値、どう生きていけばよいのかという漠然とした悩み、不安。
そしてより具体的な、冒険者として迷っていること。一度考えはじめてしまうと、湧き出てきたそれらは、頭の中を巡り続ける。
だが俺は今、ダンジョンの中にいる。
自分が悩んでいることについて考えるのは、ダンジョンを出て、一人になってからにすべきだ。
俺はバチンと自分の頬を叩いた。「悪い。集中しないとな。行こう」
美都はなおも不安げな顔で、「無理しないでね」と囁くように言った。
「ありがとう。大丈夫だ」
俺は意識的に、はっきりと答える。
『余計な心配をかけさせてどうすんだよ』と、自分を叱責する。
そして青白い苔が照らす道を、踏みしめるように進み始めた。
ズガァァァァン!!!
もはや聞き慣れてきた音が、古民家カフェダンジョンにも響き渡る。
右手人差し指から放たれた電撃は、姿を現わしたパープル・マッシュルームを一瞬にして黒い靄に変えた。
「わっ」すぐ後ろから、美都の声がする。「相変わらずすごい迫力だね……!」
『うまく制御できてないだけだけどな』と心の中で呟く。
早く魔法を制御できる術を身につけて、このじゃじゃ馬のような電撃魔法を完璧に習得したい。
暴発しないよう慎重に撃たないといけない魔法なんて、今後、ランクが上のダンジョンを探索することを考えると、使いにく過ぎる。
一人ではなく、誰かと一緒に探索することを考えるならなおさらだ。
パープル・マッシュルームから落ちたD鉱石を拾い上げる。それほど大きくはないが、魔物と同じ紫のその石は、透き通っていて綺麗だった。
「今のでどれくらい魔疲労が溜まるの?」
「2、3%ってとこじゃないか?」俺は着用しているダンジョンスーツのポケットからお馴染みのアイテムを取り出した。
魔疲労チェッカーに指を差し入れると、小さな画面に数字が表示される。
【99%】
「や、1パーだな」
「えっ、1%?」
美都が近寄ってきて、魔疲労チェッカーの表示を覗き込む。彼女の綺麗な黒い髪から、シャンプーの香りだろうか、嫌味のない爽やかな香りが俺の鼻をくすぐった。
「わぁ、ほんとだ。99%」
そう言って美都は顔をあげる。子供みたいににこにこ笑っていた。
「たくさん撃てるね」
俺は肩をすくめた。
「入場料も勿体無いし、探索一回分の魔法はきっちり使って帰ることにするよ」
「魔法の使い過ぎで、しんどくなったりはしない?」
「今のところないな。魔疲労が溜まって70%近くまで数値が下がったときも、どこかが痛いとか、体がだるいとかは全くなかったよ」
「そっか」と胸を撫で下ろす美都。
「念のため、80%くらいで様子見る感じでいいか?」
俺が尋ねると、美都は両手を握って、頷いた。
「うん。賛成です!」
「分かった。じゃ、進もう」
「はーい」
道の奥からは、次々に魔物が姿を現わす。
サウンドバックほどの大きさの、
群れでぴょんぴょん跳ねてくる、赤茶色の、尖った葉のような形のキノコ。(美都に聞くと、
あるいは透明のかさを持ち、水中のクラゲみたく飛んでいる
キノコの合間に、灰色のゴブリン、深緑色のゴブリン、普通のスライム。
動きの鈍いもの、大きいもの、宙に浮いているものは、人差し指から放つ雷撃で迷わず撃ち抜く。
対して、ちょこまかと動きまわる小物相手には、無理して電撃を当てようとせず、美都と声を掛け合い、物理(こん棒)で応戦する。
一戦交えるごとに、美都がどう判断して、こちらにどう動いて欲しいと望んでいるかが、より少ない言葉の中で伝わってくる気がした。
瞬時のアイコンタクトでお互いの気持ちが通じ合い、うまく動きを合わせられたときには、鳥肌が立った。
生き生きとD子ソードを振る美都、彼女の爛々と輝く瞳にも、その喜びが表れているようだった。
どちらからともなく、自然とハイタッチする。
『レベル上げも大事だが、こういった連携の経験を積むことも重要なことかもしれない』
改めてそんなことを考えた。
電撃をぶち当てると、魔物は面白いくらいにぽろぽろとD鉱石を落とした。
何の変哲もない、似たような鉱石も多くあったが、中には目を引く珍妙な石も幾つかあった。
拳大の大きさがあるのに、軽石みたいに重さのないD鉱石。
あるいは、人間が切断加工を施したのかと思うほどの真っ直ぐな面を持つ、サイコロ型のD鉱石。
「これもD鉱石……か?」
グレーマッシュルームを電撃でぶちぬいた後に転がり落ちたのは、緑色の球だった。
「うん。マリモボールって呼ばれてるD鉱石だね」
マリモ……なんか久しぶりにその生物の名前を聞いたな。一時期、飼うのがすごい流行ってた気がするが、今はどうなんだろう。
「素手で触っても、問題ない?」
「うん、大丈夫だよ」
その言葉を聞いて、俺はまりも石に触れる。
『意外とごつごつしてるな』
手元で見ると、その石の緑は黄色がかっていた。うぐいす色、という表現が脳裏に浮かぶ。
「マリモというか……おはぎみたいだな」
「おはぎ? 和菓子の?」
「ああ」
俺はそのD鉱石を背中のリュックに片付けた。
「おはぎって緑だっけ?」と美都が首を傾げる。
「いや、普通のはあんこの色だと思う。
うちのばあさんが昔作ってくれたおはぎが、ちょうどこんな緑色だったんだ。きなこをまぶしたおはぎだったな、たしか」
「何それ、美味しそう!」
「そう、美味しいんだよ。あれ、結構好きだったなぁ」
「って、やめてよ……そんな話されたら、お腹空くよー」と美都が、ぺしぺし俺の腕を叩く。
「あ、悪い。ふと思い出しちまってな」
古民家カフェダンジョンの状況が把握できてくると、互いに少しリラックスした状態で、俺たちは軽口を叩いた。
しかしひとたび魔物の気配を感じ取れば、D子ソードを構える美都の背筋はピンと伸び、表情はきりりと引き締まったものに変化する。
そして迷いなく、的確な判断を下す。
ダンジョン探索の大先輩に背中を預け、俺も遠慮なく魔法を放った。
リチチチチチ……。
『79%』
指を差し込んで確かめると、魔疲労チェッカーが表示した値は80%を切った。
「どう?」
「79パーだ」
俺はその数字を美都にも見せる。
「じゃあ、そろそろ出ようか」
「だな」
たんまりゲットしたD鉱石を背負って、俺たちはダンジョンの出口へと向かうことにした。
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【読者の皆様へ】
お読みいただいているエピソードは「Web版」であり、書籍の内容とは大きく異なっております。
「もふもふ」「ちびっこ魔族」が登場するほのぼのスローライフ作品は、【書籍版(新連載版)】でお読みいただけます。
そちらを読まれたい方は目次を開いていただき、【書籍版・第一話】の方に移動されてください。
繰り返しのご説明、大変失礼いたしました。
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