(旧連載版 第16話)

縁口ゆかりくちダンジョン情報センターには、一般開放されているダンジョンが幾つかある。


美都が選んだのはそのうちの一つ、「縁口-1ゆかりくち いちダンジョン」。


俺が単独で潜ったGランクの図書館ダンジョンよりも一つ上、「Fランク」のダンジョンだ。


入場条件は「冒険者登録を済ませていること」だったが、もちろん先ほど終わらせたので問題はない。



図書館ダンジョンとは違い、ダンジョン前の設備は充実していた。


トイレはもちろんのこと、男女別のロッカールームに、品揃え豊富なダンジョンショップ、無料貸し出しのアイテムまで揃っている。


平日の昼過ぎという微妙な時間帯なので、人はまばらだったが。


美都によれば、休日は人でごった返すという。



「あっ」


縁口-1ダンジョンの入り口があるフロアで、美都が言った。


「ん?」


「圭太さん、自宅にアイテム置いてきたよね?」


「あぁ、そうだな」


冒険者登録を済ませるだけだと考えていたので、こん棒やらアームシールドやらは、庭の穴の中に置いてきたままだ。


「どうする? 一旦、取りに帰る?」


「いや、あそこで借りれるんなら、それを使わせてもらうよ」


俺は「レンタル無料」と書かれた備品を指差した。


傘立てのようなものに幾つかの棒状の武器が突っ込んである。


周りには、盾なども置かれていた。


「そっか。服のレンタルはないんだけど、どうする? Dディースーツも家に置いてきたよね?」


「Dスーツって、ダンジョン専用のスーツのことだよな。だったら、もとから持ってないよ」


「えっ」美都は驚いた顔のまま、固まった。「公立図書館のダンジョンに潜った時はどうしてたの?」


「……動きやすい服を着て行ったな」


売店に置かれていたダンジョンスーツはやたらと高かったし、買わなくていいかなと思ったのだ。


ダンジョン入り口にいたおじいさんに初心者向けアイテムを相談した時も、Dスーツは勧められなかった。


「うーん……」

美都は言葉を選ぶように言った。

「確かにGランクのダンジョンなら、スーツ無しで行くのも、最悪、アリかなとは思う。人に怪我を負わせるような魔物もほとんど出ないしね。

でも今後、Fランク以上のダンジョンに潜るつもりなら……スーツは正直、買っておいた方がいいと思うな。

あまり安い買い物ではないから、なかなかオススメはしにくいんだけど……」


美都が気まずそうに言う。


『あらら。変に気を遣わせてしまったな』


俺は咳払いし、彼女に言った。


「ああ、そういうもんなんだ。なら今、買うよ。どうせ経費にするだけだしな」


「ほんと?」


「おう。といっても、最初からあまりにも高いものを買うのはちょっとあれだから……予算5万くらいだと、買えるものあるか?」


「うん! 5万円もあれば、かなりしっかりしたものが買えるよ」


「そうか。じゃあ選ぶの手伝ってもらっていいかな? 宮陽先輩」


「喜んで!」



ダンジョン入口フロアに併設されたダンジョンショップで、急遽、お買い物。


図書館ダンジョンの売店にいたおじいさんに、色々聞いた上でアイテムを揃えたつもりだったけれど。


『あのおじいさんのせいにすることは、当たり前だけどできないよな』と思った。


Gランクダンジョン基準なら、おそらく軽装でも問題はないのだろう。


俺がもうちょっと、ダンジョンのガイドブックをちゃんと読み込むべきだったな。


武器や防具にばかり気を取られてたよ……と反省。


まぁDスーツについて楽しそうに語ってくれる美都が見られたし、結果オーライということにしておこう。



余計な荷物を100円玉返却式のロッカーに押し込み、購入したばかりのDスーツに身を包む。


2万8600円となかなかの値段だったが、丈夫そうな生地には安心感があり、軽さ、動きやすさともに申し分ない。


色は、美都に選んでもらったオリーブグリーンだ。


ロッカールームを出てしばらく待っていると、「ごめん、お待たせ」と声をかけられた。


「ああ、大丈夫……」と振り向く。


ブラックを基調色とし、一部、グレーが配色された、機能性の高そうなDスーツ。


それに身を包んだ、美都の姿。


「かっこいいな……」


身体のラインが少し目立っている気がしてドキッとしたが、凛々しい姿だった。


「えっ……ありがと」

美都が恥ずかしそうに俯く。


『あ、やべっ』


心の声が思わず漏れてしまったことに気がつき、耳が熱くなる。


「圭太さんも似合ってるよ」


美都がはにかみながら、俺のスーツを指差して言う。


「お、おう。サンキュー……」



と、こんなことがありながらも。


俺たちはダンジョンへと向かう。


「無料の備品」の中に、自分が持っているものとほぼ同じ「こん棒」と「アームシールド」を見つけ、それを拝借し。


(どちらのアイテムも、俺が持っているものよりかはかなり使用感があった)


それから入口の係員さんに、入場料と冒険者登録カードを手渡す。カードは帰ってきた際に返却されるそうだ。


そしていざ、初めてのFランクダンジョン――「縁口-1ダンジョン」へ。



ダンジョン内を、苔の光が満たしている。


「なんか変な感じ……」と美都が呟いた。


「何が?」


彼女はちらっとこちらを見て、言う。

「圭太さんと並んで、ダンジョンを歩いていること」


「そうか?」


「うん……えへへ……」


美都は照れたように笑った。


ダンジョンの中とは思えぬほどのリラックス状態だ。


『慣れてるんだろうけど……大丈夫なのか?』と少し不安を覚える俺。


と、美都の表情が変わった。


「来た」


前を見る。


『おお……!』


この前はゴブリンに出くわしたが。


「ダンジョンといえば」な魔物、第二弾のお出ましだ。


ぷるんとした透明の体。


「スライム、か?」


「うん。スライム種の中でも最もポピュラーな、スライム・スライム・スライムだね」


『ん? なんだその、リズミカルな名前は。学名的なやつなのか??』


心の中でそう思ったが、口に出して尋ねはしなかった。


知名度の高い魔物で、存在はもちろん知っていたけれど。実物を見るのは、はじめてのことだ。


どんな攻撃を仕掛けてくるのかも分からない。


俄かに緊張が走る。



「じゃあ……私からいってもいいかな」


美都が一歩前に出る。


「大丈夫か?」


彼女の表情を窺う。


先ほどの緩い雰囲気は、どこにもない。


「うん。見てて」


そう言うなり、彼女はベルトにさしたアイテムを抜いた。


カチッ。


微かなスイッチの音。


「……!!」


彼女の手に、青白く発光する剣が現れる。


『Dソードか……!』


図書館ダンジョンの売店で見かけた後、気になって動画検索したアイテムだ。


詳しい仕組みはよくわからないが、D子を元にしたエネルギーで剣身が構成されているらしい。


『かっこいいなぁ……!』


そんなことを思ってる場合ではないと分かっているのだが、興奮してしまう。


それぐらい、独特な迫力を醸し出す武器だった。



美都はそのD子ソードを自然に構えた。


そしてスライムに近づき、流れるようにその剣を振るう。


「!!」


勝負は一瞬だった。


まるで達人の、居合切りを見せられたかのよう。


スライムはこれといった鳴き声を上げる間もなく、黒い煙となり、姿を消した。


カチッ、と音がして、美都のDソードから剣身が消えた。


「おー……」


俺は自然と、拍手を送っていた。


「えへへ、どーも、どーも」


ベルトにアイテムを戻した美都は、またいつもの可愛らしい表情に戻った。


リラックスした雰囲気も戻ってくる。


『うーむ。これは大先輩だ』


一瞬でも不安に思ったことを『申し訳ない』と、俺は心の中で、静かに謝った。



しばらく歩くと、またスライムが出てくる。


『いや、スライム・スライム・スライム……とかいう奴なのかな、こいつも』と心の中で思う。


「来たね」


美都が俺の顔を見た。


「じゃあ、次は俺が」


「うん」美都がこくりと頷く。「無理しないでね」


「おう」


俺は一歩前に出る。


スライムはこちらを警戒するように、プルンと揺れた。


『飛んでくるか?』


美都によれば、この手のスライムは物理攻撃を繰り出してくるという。


大した敵ではないらしいが、油断すると青痣ができるくらいの体当たりを食らうことになるらしいので、要注意とのこと。


『接近戦はやめとくかな』


俺はDスーツのベルトに、使い古されたこん棒をひっかける。


そして右手をスライムに向けた。


『ダンジョンによってDディーの濃さが違うらしいし、魔法もそれに影響されるんだろう(たぶん)。ここは慎重に……』


俺は集中し、イメージする。


とにかく狙いを、目の前のプルプル野郎に絞って……。


『燃えろ』


ブォッ!!!


「わっ!」


驚く美都の声。


「あ、すまん!」


火魔法は、コントロール○だったはずなのだが。


目の前のスライムは、爆発したように現れた炎に包まれてた。


『やべー、ちょっと燃やすつもりだったのに……』


慌てて『消えろ』とイメージし、念じるように右手を握りつぶす俺。


しゅんと火は消えたが、ダンジョンの壁にはくっきりとぼやの跡が残ってしまった。


コロンッ。


「あっ、ドロップアイテムだ」


俺が呟くと、石がふわふわと揺れ動いた。


そして当たり前のように、ポンッと俺の手元に飛んでくる。


俺は咄嗟にそれをキャッチ。


『今のも魔法……だよな。Gランクダンジョン以上に、魔法が効きすぎている。うまいこと調節しないと』


俺は動揺しつつ、そんなことを思う。


「あー。ラ、ラッキー。D鉱石、ドロップしたみたいだ……」と言い訳のように呟き、美都の方を振り返った。


ガッ、と両腕を掴まれる。


「えっ」


間近でみる美都の瞳は、星が輝く夜空のようだった。


「圭太さん、魔法使えるの!!?」


「……え、あ、ああ……」



ダンジョンについての知識がうろ覚えなせいで。


俺はとうとう、「あれ?俺なんかやっちゃいました?」系主人公になってしまったらしい……(反省)。

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