(旧連載版 第15話)

「おお、お待たせ」


「んー」


ダンジョン情報センターに併設された、チェーン店のカフェ。広い店内は、半分くらいの席が埋まっていた。


窓際の一人席に座っていた美都に声をかけ、隣の席に腰を下ろす。


彼女はテーブルの上に広げていた教科書やノートを片付けた。大学の勉強をしていたらしい。


「すまん、タイミング悪かったか?」


「ううん、平気。冒険者登録は無事終わった?」


「おう、バッチリだ」


「おー、おめでとう!」


美都が小さく手を叩いた。


「これで圭太さんも、冒険者の仲間入りだね」と言って、心底嬉しそうに笑う。


「色々教えてください、宮陽先輩」


「うむうむ。任せなさい」と、彼女は自分の胸をぽんと叩いた。



縁口ゆかりくちダンジョン情報センター。


俺の家から車で数十分ほどの場所にある、最寄りの「ダンジョン複合施設」である。


美都の案内でその場所を訪れた俺は、つい先ほど、冒険者登録を済ませたのだった。



冒険者登録は、美都が言っていたよりかは少し長く、一時間半くらいかかった。


身長、体重、視力測定など、通常の身体検査と、専用の機器を使用したダンジョン関連のステータス測定が行なわれ。


それらの測定が終わった後、別室でVRゴーグルをつけさせられた。


何が行われるのかと思えば、ダンジョン探索の模擬体験。


VR映像とともに、「ダンジョン内に潜む危険」を解説する音声が流れて来る。


危険の中心はやはり魔物だ。バーチャルとは思えないほどの迫力で、飛び出してきたり、噛みついてきたり。


まるでホラーゲームをプレイしているみたいだった。知識が得られるというよりは、「恐怖を植え付けられる」感じ。


『この感覚どこかで……』と思ったら、車の免許を取る時に見させられた映像を思い出した。


様々な事故のシチュエーションが流れるあの映像だ。


「運転は危険なもの」と、脳に刻み込むようなやり方。


あの感じを、もっと強烈にしたバージョンのよう。


このダンジョン体験VRだけで、「ダンジョンに行くの、やめようかな……」と尻込みする人もそこそこいそうだ。


そのくらいの脅しっぷりだった。


まぁこれくらい危険を意識させておく方が、ダンジョンでの怪我や死亡のリスクが下がるということなのだろう。



その「模擬体験」を終えると、ようやく冒険者登録カードが渡された。


登録カードには、身体検査時に撮られた自分の顔写真が貼り付けられている。


我ながら、ぎこちない表情。こういう証明写真って、うまく写れたためしがないんだよな……。


それから登録カードにあわせて、ステータス測定の結果表も渡された。


それを受け取って、俺は美都の待つカフェに向かったというわけだった。



「お待たせしました、ホットコーヒーでございます」


「すみません。ありがとうございます」


「ごゆっくりどうぞ」


店員さんから受け取ったホットコーヒーに口をつける。


うん、美味しい。ここのチェーン店のコーヒー、酸っぱくなくて、けっこう好みなんだよなぁ……。


すると美都がぱっと顔をあげて、「ステータス、どうだった?」と尋ねてくる。


「おお、そうだ」

俺はリュックサックの中から、渡された結果表を取り出す。「ほい」


「あっ。私、見てもいいの?」


「ん? もちろん」


もしかするとステータスというものは、他の冒険者にはそう易々と教えないものなのかもしれない。

でも別に、美都は赤の他人ではないしな。


「あ、じゃあ失礼して……」


「うん」


遠慮がちな彼女に、俺はその紙を手渡した。



「……えっ!」


しばらくすると、美都が声をあげた。


流れているBGMや客の話し声で、わりと賑やかなカフェではあったが。


通りがかった店員さんと、近くの席にいた客がチラッと美都の方を見た。


「あ、すみません」と慌てて謝る美都。


俺もあわせて、頭を下げた。


「ごめんなさい……」と俺にも謝る美都。


「いや。どうした?」

俺は美都に話を振った。


「う、うん。Dスコアが……」


美都の細い指の先には、「Dダンジョンスコア : 12.47」という数値があった。


測定の時に軽く説明されたけれど、このDスコアというものが「Dへの適応具合」、つまり「経験値」を表しているそうである。


ダンジョン内での活動を続けることでこのスコアが伸びていき、それに伴って各種ステータスが向上していくとか。


またスコアの整数部分が、いわゆる「冒険者のレベル」ということになるのだそうだ。


つまり俺の今のレベルは、12ということになる。


「ああ、なんか初心者の数値じゃないらしいな。測定した時も、『もう既に、ダンジョンに何度も潜られてる方なんですね』って言われたよ。やっぱり反転ダンジョン?だっけ。すごいんだな、あれ」


美都が首をふるふる振る。


「すごいなんてものじゃないよ!レベル12なんて、1年くらい地道にダンジョンに潜って、ようやくいくか、いかないかくらいのレベルなんだから……」


「あ、そうなんだ」


たかだか一週間のトレーニング(+一回のダンジョン探索)でそこまで伸びるのは確かにすごいな。


すごいんだろうけど……まぁ、よくわかんないな。比較対象がないし。


「反転ダンジョンには結構、潜ってたの?」と美都。


「ん? ああ、この一週間は特にすることもなかったからな。1日の半分くらいはいた気がするよ」


「毎日?」


「うん。ていっても、一週間だけだったからな」


美都が目を丸くする。

「……うん。やっぱりすごいよ」


「たしかにすごいよなぁ。見た目はただの何もない穴なのに。こんなにも経験値稼げるなんて……」


「ううん、反転ダンジョンもだけど。圭太さんがだよ」


「俺?」


「うん。反転ダンジョンのことほとんど知らなかったのに、そこまで愚直に行動できるなんて。すごいよ」


俺は苦笑する。

「仕事なくなって、ほんっと暇だったからな」


「いや、それでもすごいよ」


美都がきらきらさせた目を、こちらに向けてくる。


褒めてもらえるのは、ありがたいんだが。


失業お兄さん(おじさん?)が、穴にこもって、軽い運動やらストレッチやら、瞑想まがいのことやらをやっていただけだからな……。


飽きたらぼーっとしたり、そのまま昼寝したりもしてたし。


愚直といえば聞こえはいいが……正直、暇潰しの延長に過ぎない。


「うん、まぁ……ありがとう。で、この後はどうする?」と俺は、話題を変えた。


「あっ、そうだね……」


美都がそわそわした様子を見せる。


この雰囲気は。


「ええっと……ダンジョン、行ってみない?」


彼女は口元を緩ませて、そう言った。


やっぱり。


本当に好きなんだなぁ……ダンジョン。




と、いうわけで。


隣でふぅ、と息を吐く美都。

「よし。行こっか」


「おう」


美都と、初めて一緒にダンジョンへと潜る。


緊張なのか、なんなのか。


一人で図書館ダンジョンへ足を踏み入れたとき以上に、俺の心臓は早鐘を打っていた。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


【読者の皆様へ】


お読みいただいているエピソードは「旧Web連載版」であり、書籍の内容とは大きく異なっております。


「もふもふ」「ちびっこ魔族」が登場するほのぼのスローライフ作品は、【新連載版】でお読みいただけます。


そちらを読まれたい方は目次を開いていただき、【新連載版・第一話】の方に移動されてください。


繰り返しのご説明、大変失礼いたしました。


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