(旧連載版 第14話)

次の日。


「ご心配をおかけしましたっ!」


昼過ぎに、美都が俺の家にやってきた。ようやくコロナの療養期間が終わったらしい。


「おお、大丈夫だった? 体調は」


「うん。最後まで何も症状でなかったし、大丈夫だったよ」


「そうか。ならよかった」


うんうんと俺は頷いた。


顔色も悪くなさそうだし、大事に至らなくてよかった。



「あがる?」と俺は家の中を指差した。


「えっと……」


彼女は言い淀んだ。散歩に行きたがる子犬のように、そわそわしている。


俺はその様子を見て、庭の方角をゆびさした。


「ああ、ダンジョン見る?」


結局、あの日は穴の前で話していただけで、彼女はろくにダンジョンの中を見ることができていなかったのだ。


一週間もお預けをくらったのだし、そりゃあ気になりもするよな。


「あっ……いいの?」


分かりやすく、表情が明るくなる美都。


「もちろん」


「えへへ。ありがとう!」


そう言って彼女は、屈託なく笑った。


普段は清楚な感じの「美人系」なのに、笑うと途端に「可愛い系」になる。


美少女っていうのは、ほんとずるいよな。



穴の隣に置いたランタンを持ち上げる。


図書館ダンジョンの内部は、光る苔があったからこのランタンは必要なかった。


しかしうちの庭ダンジョンには苔が生えていなので、明かりが必要だ。


苔があるかどうかは、単純に個々のダンジョンによって違うものらしい。


俺のランタンを見て、「あっ、ダンジョンライト買ったんだ」と美都が言った。


「あぁ、うん。暗くて、中、見れなかったからな」


「そっか」


美都もリュックから自前の懐中電灯を取り出す。


もちろんD鉱石が動力源だから、正確には「懐中電灯のダンジョンライト」というわけだが。


「じゃあ、お邪魔します」


「どうぞどうぞ。つまらないところですが……」


俺の言い方がおかしかったのか、美都がクスクスと笑った。



「おー、ほんとに何もないんだね……」


ダンジョンライトで方々を照らしながら、美都がうっとりするような声で言った。


「そうなんだよ。でも割と居心地がよくてさ。なんか、秘密基地っぽいんだよなぁ……」


「はは、そうだね」


俺の持ったランタンの光が、美都の顔を照らす。紅い頬と、きらきら光る瞳。


すると彼女はハッと何かを思いついた顔で、背負っていたリュックをごそごそし始めた。


「あのさ、圭太さん」


「ん?」


彼女が取り出したのは、ビニール袋だった。


「土、持って帰っていい?」


「え……ここの?」


「うん……えへへ」


なんで恥ずかしそうなのか分からないけど……(可愛い)。


「ど、どうぞ」


「ありがとっ」


美都は地面をきょろきょろと見回した後、本当に嬉しそうに、素手で土をかき集め始めた。


『甲子園じゃないんだから……』



その後、土を集め満足したらしい美都は、穴の隅に置いていた俺のアイテムに目をやった。


「これは?」


こん棒やアームシールドの他にも、結局は使わなかった飛び道具や、西洋騎士の使役フィギュアなどがまとめて置いてある。


ちょうどいい置き場も思いつかないし、ダンジョン関係のものは基本、穴の中に置いていた。


「あー、それ。色々試してみたくて買ったんだよ。結局、ダンジョン行ったときには、こん棒とアームシールドぐらいしか使わなかったけどな」


「……えっ、ダンジョンって」美都が目を丸くして言った。「他のところ行ったの? ここじゃなくて?」


「ああ、うん。昨日行った」


「ええー!!! 一人で??」


美都が素っ頓狂な声をあげた。


「え? うん」


「だだだだ大丈夫だった!?」


あわあわと、俺に尋ねる美都。


「え? うん。大丈夫だったよ」


と、言っておこう。


魔物と初遭遇した時は死ぬほどびびったけど……ま、怪我とかはしていないからな。

「大丈夫だった」と言って、差支えはないだろう(……ないよね?)。


「そっか。なら良かったけど……」


美都はほぅと息を吐いた。


それからしょぼーんとした顔で言った。


「ごめん……私が話を持ちかけたんだし、最初にダンジョンへ行くときは、色々ガイドとかサポートとか、できればなって思ってたんだけど……」


なんだ、そんなことか。


「いやいいよ。療養してたんだし、仕方ないだろ」


「うん……でも……」


思いのほか落ち込んでいる美都。


あららら。そんなにガイドしてくれる気満々だったのか。


「じゃあさ」と俺は言った。「これから色々と教えてくれないかな」


「……えっ?」


俺は気恥ずかしくて、鼻の下を指でこすった。


『なんとなくでうやむやになっていたからな……はっきり伝えておかないと』


俺は美都の方を見て言った。


「ま、どこまでできるかは分かんないけどさ。とりあえず目指してみることにしたよ。プロの冒険者、ってやつを」


この一週間で、色々と考えた。


先のことなんてどうなるか分からないし、俺が冒険者向きの人間だとは到底思えない(すげービビりだし)。


でも、庭に変なダンジョンができたのも。

同じタイミングで、仕事をすっかり失ったことも。


自分の人生をやり直す、いい機会だと思うことにした。


やってきたことの全てが中途半端な、俺の人生。


だけど美都が言ってくれたみたいに、「(何かを)好きになろうとしてみる」ことから、はじめることにした。


そうすりゃ俺の人生にも、誇れることが一つくらいできるかもしれないしな。



「……ほんと?」


「おう。だから美都さえ良ければ、色々と教えてくれ。頼りにしてるよ、先輩」


華奢な肩に手をのせると、美都はパァっと顔を輝かせた。


「うんっ!」



「ダンジョン行ったってことは、冒険者登録も、もう済ませた?」


穴から出て、美都はそんなことを聞いてきた。


「あっいや。なんだっけな、登録が必要ないランクのダンジョンに行ったんだ。あの、図書館のとこにある」


「あっ、Gランクのダンジョンか……なるほど。じゃあせっかくだし、今から登録しにいく?」


「すぐにできるのか?」


「えーっとね、1時間くらいじゃなかったかな、たしか」


おー、結構かかるな。


「美都はこの後、大丈夫なのか? 予定とか」


「うん、大学の用事は午前中に済ませてきた。今日はバイトもないしね」


ピースする美都。可愛い。


くそっ、息をするように可愛いな……。


「そうか。じゃあ、登録しに行こうかな。本当についてきてもらってもいいのか?」


「うん。なんてったって、先輩だからね。可愛い後輩の面倒を見てあげないと」と、大きな胸を張る美都。


「さーせん、先輩。お世話になります!」


「うむうむ、敬い給えよ」


「なんだそれ」


「あははは……」



『なんか美都と話してるだけで楽しいし、もうダンジョンとか潜らなくてもいいのでは?』とか気の抜けたことを思いつつ、車に乗り込む。


美都の案内に従って、冒険者登録ができるという場所へ向かった。

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