(旧連載版 10話)

『来てしまった』


とある公共ダンジョンの内部。


俺は両手の装備アイテムの存在を確認した。


そして深呼吸。


「よし……行こう」


俺はダンジョンの先へと、足を踏み入れた。



もともとは、美都のコロナ待機期間が終わるの待ってから、一緒にダンジョンへ行くつもりだった。


だが、ダンジョンについて色々と情報を集め、自宅の庭ダンジョンで地味な基礎トレーニングを続けているうちに。


一人でもダンジョンに潜ってみたくなってしまったのだ。


そしてトレーニングを始めてから、7日目の今日。


馴染みのある公共ダンジョン――公共図書館裏のダンジョンに来たというわけだった。



『それにしても、本当に紙きれ1枚で入れるんだな……』


俺はダンジョンを奥へ進みながら、先ほど、穴の入口でかわした売店のおじいさんとのやり取りを思い出す。


「こちらの紙にね、名前を書いてください」


そう言って渡されたのは、「誓約書」と書かれた1枚の紙。


その文字の下に細々と書かれた説明は、要するに、「ダンジョンに入るのは自己責任です」というもの。


中でどんな怪我を負ったとしても――たとえそれが命にかかわるようなものであったとしても、全てはダンジョンに入ることを選択した自分の責任。


俺はその誓約書にサインし、おじいさんに紙を返す。


「はい。ではどうぞ、お入りください」


そのサイン一筆と入場料の支払いだけで、本当にダンジョンへと入れてしまったのだった。



もちろん、全ての公共ダンジョンが誓約書のみで入れるわけではない。


ダンジョンの探索難易度は、A~Gのアルファベットでランク分けされており、


サイン一筆のみで入場できるのは、最も低いGのダンジョンだけ。


この図書館ダンジョンはGランクダンジョンだったために、簡単に入場することができたというわけだった。



一本に伸びている道を、ゆっくりと進む。


自宅の庭にあるダンジョンとは違い、中は明るかった。


壁の至るところが、青白く発光しているのだ。多くのダンジョンで見られる、D子を吐きだしながら発光する苔のおかげだ。



俺は右手に持っているこん棒を、軽く振った。


初探索の俺の装備は、「武器:こん棒」「防具:透明なアームシールド」である。


本当は魔物に距離を詰められるのが怖かったから、武器は飛び道具系がよかった。


だが、「飛び道具は扱いが難しく、初心者には向かない」とガイドブックに書かれていたから、その情報を信じ、俺はオーソドックスな装備で初探索に挑むことにした。


……と言いつつも、背負ったリュックサックには保険のアイテムが幾つか入っている。


Gランクとは言え、魔物の出現するダンジョン。困ったときには、躊躇なくそれらを使っていこうとも考えていた。



『……来た』


穴の奥から、こちらに向かってくるものがある。


現れたのは、カブトガニを巨大化させたような魔物だった。


うねうねと動くその姿に、ぞぞぞっと鳥肌が立つ。


『落ち着け、大丈夫。ここはGランクのダンジョン。

魔物とはいえ、大した攻撃をしてくる敵ではないはず……』


心の中で、そう言い聞かせる。


が、体は、全く言うことを聞かなかった。


足が。自分のものとは思えないくらい、ガタガタと震えている。


「ハハッ……」


あまりの情けなさに、笑いがこみ上げてくる。


この一週間、自宅の反転ダンジョンとやらに、ずっと籠っていた。


『本当にこれで経験値が得られるのか?』と思いつつ、ガイドブックに書かれていた『冒険者の基礎トレーニング』なるものもやってみた。


ダンジョン内でやるとD子への適応が早まるという、軽い筋トレやストレッチのようなもの。


それからD子の扱いがうまくなるという、イメージトレーニングのようなもの。


しかしそんな地味なトレーニングをしたところで、肝心の問題が何一つ克服できていなかったことに気が付かされた。


俺は子供の頃から、本当に臆病な人間だった。


そして苦手な生物が多すぎる人間でもあった。


吠えて、追いかけて来る犬がだめ。

噛まれるかもしれないから蛇が、

刺されるかもしれないから蜂が、

なんか気持ち悪いからクモ、カエル、カブトムシ、ゴキブリがだめ。


「苦手な生き物ランキング」に入ってきそうな生き物は、だいたい俺も苦手だった。


そんな生き物全般苦手マンが、よく考えたら、魔物相手に何ができる?


気が付くと俺は、地面に尻もちをついていた。


そして目の前には、近づいてくる巨大カブトガニ。


『こん棒……いや、リュックから何かアイテムを……』


頭ではそう考えているのに。


体は電気でも流されているみたいに、ただただ震え続けるばかり。


もう足を伸ばせば触れられる位置に、カブトガニの化け物が迫ってきていた。


「く、来るな……」


俺の震える唇から、声が漏れた。


「来るなーーーーーー!!!!!!」


その瞬間、何かを激しく叩くような音が、俺の耳に届いた。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


【読者の皆様へ】


お読みいただいているエピソードは「旧Web連載版」であり、書籍の内容とは大きく異なっております。


「もふもふ」「ちびっこ魔族」が登場するほのぼのスローライフ作品は、【新連載版】でお読みいただけます。


そちらを読まれたい方は目次を開いていただき、【新連載版・第一話】の方に移動されてください。


繰り返しのご説明、大変失礼いたしました。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る