(旧連載版 第9話)
公共図書館(の裏にあるダンジョンショップ)から帰宅すると。
俺はリビングで、買ってきたものを一通り開封した。
箱の説明書きや、同封された説明書に目を通し、セッティングが必要なものは、全て済ませる。
そしてそれらのアイテムを持って、早速、庭のダンジョンへと向かった。
穴の前に立つと、俺はまずカバンの中からランタンを取り出した。
スイッチを押すと、暖色の光が広がる。
穴に差し入れても、不具合が起こることはない。
このランタンは電気製品ではなく、D鉱石をエネルギー源とするダンジョン用のアイテムだからだ。
『よしよし』
ランタンで照らしながら、俺は穴の中に入っていった。
入り口こそ、ウサギの穴を一回り広げたくらいの大きさしかなかったけれど。
しかし足から中に入ると、狭いのは入り口の穴だけだとわかった。
中の空間は、立って歩けるほどの高さがあった。
ランタンで照らしながら、奥へと進んでいく。
道は一本なので、迷うことはない。
あっという間に、最奥までたどり着いた。
そこは通ってきた通路よりも天井の高い、ちょっとした広間のような空間だった。
『ほんとに魔物がいないのな……』
俺はその空間を見回したあと、ランタンを地面に置いた。
そしてカバンから物を取り出す。
取り出したのは、30センチほどのフィギュアだ。
中世っぽい甲冑のフィギュアで、箱の表には「西洋騎士」と書かれていた。
もちろんただのおもちゃではない。
ダンジョン内だと動かすことができるという、
俺は外箱の裏に書かれた説明に、今一度目を通す。
【まずはダンジョン内で、背中のスイッチを入れよう! フィギュアがD子に反応して、本来の大きさになるぞ!】
『スイッチ……これか』
背中というよりも、首の下あたりにスイッチはあった。
オンにすると、フィギュアからプシュ―っと音がなる。
そしてむくむくとフィギュアが大きくなり……とまった。
『あれ……これで終わり?』
何だか拍子抜けする。てっきり、自分と同じくらいの大きさになるのかと思ったが、全くそんなことはなく。
自分の膝よりはちょっと高いくらいの大きさにしかならなかった。
『とりあえず、続きの説明を……』
俺は箱を手に取り、説明を読む。
「ダンジョンの中で、フィギュアに意識を集中させてみよう。するとあら不思議……フィギュアは君の望むままに、動き、戦い、君の探索をサポートするぞ……って、大した説明書いてないな」
そのくらい簡単に扱えるということなのだろうか。
『やってみるか』
俺はフィギュアを目の前に置いて、それに意識を集中させる。
『よし……動け!』
すると西洋騎士に動きがあった。
『おっ!』
ふらふらっと、まるで風に吹かれたかのように揺れ動く。
そしてばたりと、地面に倒れた。
「あららら……」
俺はフィギュアを起こし、もう一度念じる。
『動け!』
ばたり。
『動け!』
ばたり。
『まさかの……不良品……?』
さすがに不安になる。
箱には小さな文字で、「使用者のレベルやダンジョン内のD子量によって、フィギュアの大きさ・動きには差があります」と書かれてはいるが。
『うーん、はじめはこんなものなのか??』
ばたばたと倒れるドジっ子西洋騎士。
ちなみに何種類もあった使役フィギュアの中から西洋騎士を選んだのは、この箱にだけ3割引きシールが貼られていたからである。
売店のおじいさんに理由を尋ねると、「このキャラクターだけ売れ残っているから」と正直に教えてくれた。
別に製品自体に問題があるわけでないならと、西洋騎士を選んだんだけど。
『動け!』
ばたり。
『動け!』
ばたり。
俺はぽりぽりと頬をかいた。
『まぁ最初はこんなもんなのかもな。反転ダンジョンっていう特殊な条件下だからかもしれないし、気長に練習することにしよう』
その後、買ってきた他のアイテムも幾つか試した後、俺は穴から出た。
穴から出てみると、外はもう暗くなり始めていた。
自分が夢中でダンジョンアイテムを試していたことと、穴の中が意外に居心地がよかったんだということに気付かされる。
普通のダンジョンだとそうはいかないのだろうけれど、「魔物が出てくることはない」と分かっていると、ただのリラックス空間でしかなかった。
ある程度の広さもあったし、何だか自分だけのプライベートな地下室が手に入ったみたいでちょっと気分がいい。
スマホやゲームなどを持ち込めないのが難点だが、暇つぶしがあれば、何時間でもあの空間に居られそうだ。
『まぁ、まだ冒険者になるって100決めたわけじゃないんだけど。とりあえず、話は美都が来てからだな』
と、呑気に構えていたのだが。
次の日の昼過ぎに、美都から着信があり。
「はい、もしもし」
「あっ、圭太さん。今大丈夫?」
「おう、どうした?」
「ごめん、私、しばらく圭太さんのところ、行けなくなっちゃった」
俺は眉を顰める。
「……何かあったのか?」
「うん。今朝、コロナの検査受けたんだけど、陽性判定が出ちゃった……」
「おお、まじか……」
「圭太さんは体調大丈夫?昨日会っちゃったし、もしかしたらうつしてるかも……」
「いや、俺の方は今のところ、大丈夫だよ。それより美都は大丈夫なのか? 熱とか……」
コロナの陽性判定を受けた美都は、一週間ほど自宅で療養しなければならなくなった。
幸いにも無症状だったらしく、熱が出たり、咳に苦しんだりということはなかったようだ。
俺の方は検査してみたところ、結果は陰性だった。
「ごめんね、迷惑かけて」と美都がしょんぼりしていたから、俺は「美都のせいじゃないだろ」と彼女を励ました。
「療養期間が終わったら、その……」
恥ずかしくて咳ばらいしてしまったが、俺は何とか言い切った。「一緒にダンジョンを探索しよう」
美都が一番喜ぶのは、結局のところ、この言葉だろうと思ったのだ。
「えっ、いいの……?」
「もちろん」
「えへへ……ありがとう」
体調は悪くないとのことだったけれど。
家の中にずっといたら気持ちも塞ぐだろうし、美都には少しでも明るい気持ちで過ごして欲しいと思った。
「おう」
美都との通話を終えて、俺はスマートフォンをテーブルの上に置いた。
「よし」
無職の俺には、時間だけが腐るほどあった。
俺はそれからの一週間、
売店で買ったガイドブック、ネットなどを通じて、ダンジョンの基礎知識を学び、
反転ダンジョンに潜って、ガイドブックに書かれていた冒険者の基礎トレーニングとやらを、しつこくやり続けた。
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