(Web版 第8話)

美都からの着信があったのは、15時を少し過ぎたあたりだった。


「もしもし、圭太さん?」


「あぁ、うん。どうした?」


「ごめん、今日の夜のことなんだけど……」


「うん。どうした?」



連絡の内容は、『今日の夜は行けなくなった』ということだった。


理由は、『他の子の代わりに、バイトに出なければならなくなった』というもの。


同じ居酒屋のバイト仲間に学内で会ったらしいのだが、その子の体調がすぐれないらしく。


そこで、美都が代わりに出勤することにしたということだった。



「ほんとごめんね。本来だったら、圭太さんと先に約束してたんだし、そっちを優先すべきだと思うんだけど……」


美都が心苦しそうに言う。


「それは気にしなくていいよ。でも美都が大変だな。講義の後にバイトもだと」


「ううん、これくらいは別に。いつものことだしね」


「そうか」


「明日以降だと、圭太さん、空いている日ある?」


「ああ、うん。今のところ、これといった予定はないし、美都がこれそうな時にいつでも連絡して」


「ありがと。じゃあ、また連絡するね」


「おう。美都も体調気をつけてな」


「うん、ありがとう。圭太さんもね」


美都との通話を終え、俺はスマートフォンをテーブルの上に置いた。


『偉いなぁ、美都。俺も大学のとき色々バイトやってたけど、当日に『シフト代わって』って頼まれるのが一番だるかったからなぁ』


とそんなことを思いつつ、美都との約束がなくなったので、急に手持ち無沙汰になった。


『……ちょっと自分だけで探索してみるか』


俺は起き上がって、庭へと向かった。



庭のダンジョンは、朝から変わらぬ様子で存在している。


ウサギが掘った穴のように、ななめ下へと続く穴。


一体中はどのようになっているのだろうか。


『魔物はいないっていう話だから、俺一人で入っても問題はないと思うんだけど……』



スマートフォンのライトを向け、中を確認する。


しかし穴に差し入れた途端、スマートフォンの電源が落ちてしまった。


『やべっ。そういや電気製品は無理なんだったよな』


ダンジョン内では、電気製品全般が使用できない。


よく知られた話なので、俺もそのことについては聞いたことがあった。


D子の影響らしいのだが、反転ダンジョンでもこの点については同じらしい。


俺はすぐにスマートフォンを穴から離し、落ちた電源を入れ直す。


『やばい……壊れてないかな』


数十秒後、再起動に成功。


ホーム画面から色々といじってみて、問題なく使えることが確認できた。


『良かったぁ……気を付けないとな』


俺は故障しなかったスマートフォンにほっとし。


それから家の中に戻って、財布を持ち、外出することにした。



車を走らせて30分ほど。


やってきたのは、公共図書館だ。


といっても、本を借りるのが目的ではない。


駐車場に車を止め、茶色い煉瓦造り風の図書館の裏手へと回る。


そこには、小さな売店のようなものがあった。


「こんにちは」


「はい、いらっしゃいませ」


俺が声をかけると、売店にいたおじいさんは読んでいた新聞を畳んだ。


「ダンジョンへの入場ですか?」とおじいさんは俺に聞いてくる。


「あっ、いえ。ちょっと商品だけ見せてもらってもいいですか?」


「どうぞ、どうぞ」


おじいさんはそう言って、再び新聞を広げた。



国や地方自治体が管理する公共のダンジョンには、基本的に、何らかの入場施設が設けられている。


子供が誤ってダンジョンに入ったり、入場料を払わずにD資源を漁ろうとする不届き者を許さないためだ。


また、その施設では、単に入場者の管理を行っているだけではなく、ダンジョン内で役に立つアイテムを売っていることが多い。


ダンジョンの入場料と合わせ、アイテムの販売でも収益を得る狙いがあるようだ。


ダンジョンごとに入場を管理する人を最低でも一人配置しているわけだから、おそらく人件費だけでも馬鹿にならないのだろう。



余談だが、『ダンジョン入口の受付担当』と言えば、なぜか若い美人のお姉さんというイメージがある。


しかし現実だと、雇用されている8割がシルバー世代なのだいう。


ネットの記事で、そんなこぼれ話を目にしたことがあった。



俺がここへ来たのは、図書館ダンジョンに入りたかったからではなく。


目当てはこの売店だった。


棚に並べられた商品を、俺はざっと見る。


この図書館裏にダンジョンがあることや、それに伴ってダンジョンショップが設置されていることぐらいは、なんとなく知っていたものの。


これまでは用がなかったため、実際に並ぶ商品を見たことなど一度もなかった。


しかし改めて見ると、なかなかに面白かった。


懐中電灯、ヘッドランプ、ランタンなどの照明器具。


分厚い革の手袋、ベルト、道具袋。


ダンジョンスーツ(という名の、つなぎにしか見えない服)。


スコップ、ハンマー、つるはし、ノミ、ヘルメット、ルーペ。


水筒に、携帯用トイレなんてものも売っている。


このあたりだけ見ると一見ホームセンターのようだが、ダンジョンショップ特有のものも多くある。


D鉱石。


使い捨て魔法陣シート。


ポーション。


透明の防護盾に、木の防護盾。


あとは気になるものとして、武器類とおもちゃらしきものがあった。


Dディーじゅう。箱の説明書きには、D子を発射し、魔物を撃退すると書かれている。


D子サーベルと書かれたアイテムは、持ち手部分しかなく、肝心の刃の部分がなかった。


使役しえきフィギュアと書かれたものなんかは、もう完全に、おもちゃ屋で見るようなただのフィギュアにしか見えない。


怪獣や戦隊ヒーローなど、30~40センチくらいの割と大きめなフィギュアが、箱の中におさまっている。


箱の説明書きを読む限り、ダンジョン内だと動かせるらしい。(どんな感じなのだろう?)



小さな売店の棚にはアイテムが所せましと並べられており、全てをじっくりと見ることはできなかった。


俺は迷った挙句、店番のおじいさんに「すみません」と声をかけた。


「あの、全くの素人なんですけど、初めてダンジョンに向かうときって、どんなアイテムが必要ですか?」


おじいさんは「ああ、それなら……」と、幾つかのアイテムをおすすめしてくれた。


俺はそれらを一通りと、それからおじいさんには勧められたわけではないのだが、自分の興味が抑えきれなかったものを幾つか購入し、いそいそと車に戻った。


車に戻ったときの俺は、おもちゃ屋で、好きなおもちゃを買ってもらった子供の気分だった。


『早く家に帰って試したいなぁ……』



そんな気持ちを抱きながら、俺は自宅の庭ダンジョンに向けて、車を走らせた。

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