(旧連載版 第7話)
美都が大学へ行ったあとも、俺は彼女から言われた言葉について考えていた。
「何かを本気で好きになったことがないんだったら、
今から好きになっちゃえばいいじゃん」
「私と一緒に本気でプロの冒険者、目指してみない?」
俺は頬をさする。
『なんであんな熱心に、俺のこと誘ってきたんだろ』
あのあと結局、それ以上の話をする前に、美都のスマートフォンに連絡が入った。
彼女はそのメッセージを見て、「わっ、もうこんな時間か。ごめん、そろそろ行かなくちゃ」と言った。
「今日、最後の講義おわったら、また来てもいい? 18時くらいになると思うんだけど……」と聞かれたので、俺は「ああ、大丈夫だよ」と答えた。
「ありがとう!」
弾けるような笑顔を残し、彼女は慌ただしく大学へと向かって行った。
俺は目の前の穴を見る。
「反転ダンジョン」についても、「何も出てこないダンジョン」だけど、「レベル上げには使える」ということ以上の情報は、まだ聞けていなかった。
『別にこのダンジョンだったら、俺を巻き込まずとも、美都が好きに使ってくれていいんだけどなぁ……』
そんなことを思いながら、俺は部屋の中に戻る。
しばらく動画サイトを見て回ったり、アプリゲームでたぷたぷしたりしていたが。
『うーん、なんか……』
俺は床に寝転がったまま、スマホを放り投げた。
職を失ってからずっとこんな感じで時間を潰していたし、そのこと自体は別に、苦痛ではなかったのだが。
『やっぱ気になるよなぁ』
美都に言われたことや、庭にできたダンジョンの存在が気にかかり。
動画やソシャゲで時間を潰していても、あまり気が休まらなかった。
『調べるかな』
放り投げたスマホを再び手にとり、検索アプリを開く。
『反転ダンジョン、と。……え?』
幾つものサイトが検索に引っ掛かったが、どのサイトの検索ワードも、「ダンジョン」の方で引っ掛かっている。
「反転ダンジョン」という単語が掲載されたものはなかった。
『おいおい……』
3ページ目までのぞいてみるが、通常のダンジョンに関する情報ばかり。
文中に、別の意味で「反転」という単語が出てきているサイトはあったが、「反転ダンジョン」に関する話題に触れているものは、一つも見当たらなかった。
『美都も言ってたけど、ほとんど知られてないダンジョンなんだな。これなら業者の人が見逃すのも無理ないかも。
というか、知っている美都の方がすごいわ』
関係のないサイトが並ぶ画面をさーっとスクロールし、俺は『そういえば』と思い出し、「翻訳」と打ち込む。
『たしか……ドイツ、だったかな』
日本語、ドイツ語と打ち込み、検索画面に翻訳の欄を表示させ。
テキスト欄に、「反転ダンジョン」と打ち込んだ。
『これだな……』
表示された「U」から始まる文字列をコピーし、俺はそれを、検索欄にペーストする。
『うわぁ……』
当然のことだが、アルファベット表記の文字が並ぶ。
ところどころに、見慣れないアルファベット(上に二つの点がついてたり、Bがくにゃくにゃっとなっていたりする)がある。
おそらくどれもドイツ語のサイトなのだろう。
「日本語への翻訳」という表示がされるページを、上から順にみていく。
『おっ、これか……』
目当てのページを見つけ、そのリンクを開く。
――「そのダンジョンに計測器は反応しません」 ドイツ研究者が明かす「反転ダンジョン」の奇妙な実態――
先ほど、美都がちらっと見せてくれたサイトだ。
とりあえずこれを読んで、情報を得ることにしよう。
十分ほど、自動翻訳によるところどころ奇妙な日本語文と格闘し。
俺は幾つかの情報を得ることに成功した。
・反転ダンジョンは、通常のダンジョンよりも
・β- D子は、
・α- D子は、ダンジョンらしい反応(魔物やD資源の出現、ダンジョン内で見られる非現実的な現象)を引き起こす成分である。
ここら辺は美都から受けた説明と同じだ。
しかしさらに下へと文章をスクロールすると、俺はより気になる内容にたどり着いた。
・反転ダンジョンは、レベル上げに適している。
・その理由は、マラソン選手にとっての高地トレーニングと似たようなものである。
・マラソン選手の体は、酸素が薄い過酷な環境に順応することで、より高いパフォーマンスを発揮できるようになる。
・冒険者にとっての反転ダンジョンも、まさにその効果がある。
・β- D子の多い環境に慣れることで、冒険者は、通常のダンジョンを訪れた際、より大きな力を発揮できるようになる。
・・・…なるほど。
俺はその先の説明にも目を通し、要点だけを拾い集める。
・具体的には、反転ダンジョン内にいるだけで冒険者に利益がある。
・加えて、冒険者が経験値を得るために行う通常のトレーニングも、反転ダンジョン内で行うことにより、さらに効果が高まるだろう。
・残念なことは、このダンジョンがまだ存在さえほとんど知られておらず、現場レベルで有用活用されている事例がほとんど存在しないことである。
俺はその海外サイトを閉じた。
「そりゃ、美都のテンションも上がるわけだな……」
専門家でさえ「ほとんど知られていない」と説明するダンジョン。日本語だと、検索にすら引っ掛からないときた。
そんなレアダンジョンが、知人の庭に突如として現れたのだ。
筋金入りのダンジョンオタクが、興奮しないわけがない。
『授業の後に来るって言ってたな。とりあえず、美都が来るまで大人しく待つかな』
俺は呑気に構え、スマートフォンの表示を切った。
だがその日の夜も、次の日も。
美都が俺の家に来ることはなかった。
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