(旧連載版 第6話)

「レベル上げ?」


こくりと頷く美都。


「って、あれだよな。あの、魔物とかを倒して、冒険者が強くなっていくっていうあの……」


「そうそう! 冒険者のロマンだよね……」


美都がうっとりとした目で天を仰ぐ。


『ロマンねぇ……』



ダンジョン内で活動を続けると、冒険者の体はD子に順応し、空間の中のD子を利用して特別な力が発揮できるようになるという。


基礎的な身体能力が向上したり、常識ではありえないような力を使うことができるようになったり。


D子への順応度が上がっていくことを「経験値を得る」と言い、その順応度合いを段階的な数字で表したものが、「レベル」というものだそうだ。


レベルが高い冒険者は、より有利に、より奥深くのダンジョン探索を進めることができ。


結果、希少度の高い資源をがっつりゲットすることができるようになる。


冒険者にとって、「経験値を得る」ことや「レベルを上げる」ことは、非常に重要な概念なのだそうだ。



とはいうものの。


「俺べつに、ガチの冒険者を目指してるわけじゃないからなぁ……」


「え、さっき目指そうかなって言ったじゃん!」


美都が思いのほか、びっくりした様子で言う。


「いや、あれはさすがに冗談だよ」

俺は苦笑する。

「俺は美都ほどダンジョンのこと詳しくないけど、プロの冒険者って、そんなに甘い職業じゃないだろ? 稼げる人なんてほんの一握りで、大半はただの夢追い人ってイメージなんだけど」



俺ももう25だ。


自分が何の才能もない「その他大勢」に分類される人間だっていうことくらい、よくわかってる。


根拠もなく大きな夢を掲げたところで、そうそう現実はうまくいかない。


プロのアスリートにアイドル、動画配信者、インフルエンサー、そしてプロの冒険者。


そういう花形の仕事で夢を掴みたいなんて人は、ごまんといる。


そこには当然競争が生まれるわけで。


勝ち残れるのは、恵まれた環境と才能が与えられているにも関わらず、途方もない努力を取り憑かれたようにし続けられる人間のみ。


まぁ俺みたいな平凡な人間には、何一つ縁のない話だ。


突然、自宅の庭にダンジョンができたからって、「これで俺も、プロの冒険者の仲間入りだな……」なんて、さすがに思えない。


せいぜい自宅のダンジョンにちょくちょく入って、落ちている資源が見つければそれで小遣い稼ぎするのが関の山。


ま、うちの穴からはD資源が出ないらしいんで、その夢も潰えたわけだけどな!



『プロの世界は甘くないのでは?』という俺の言葉に、美都は同意した。


「それはそうだと思う。何ていうか……一部のものすごく稼いでいる人のイメージが広まっちゃったからだろうね。

甘い幻想ばかりを追いかけて、大した準備もせずにプロになれると思ってる人たちも少なくない。そういう人たちは結局、本当の意味での『冒険者』になることはできないと思う」


だよな。ダンジョンに詳しい美都の方が、その辺の事情はよく分かってるはず。


「でも圭太さんって、そういうタイプじゃないじゃん」


「えっ」


不意を突かれた俺に、美都は、照れくさそうに笑った。


「私知ってるよ。圭太さんは自分のこと、大した人間じゃないって思ってるかもしれないけど。自分で決めたことは誰に言われなくても続けられるタイプだし、何ていうのかな……。泥臭い辛抱強さ、みたいなものをすごく持ってると思うんだ」


泥臭い、辛抱強さ……?


「それ……褒めてる?」


「褒めてるよ!」


美都が必死に訴えてくる。可愛い。


「そういう資質ってさ、冒険職のことを甘く考えてるチャラチャラした人たちは持ってない気がする。私、圭太さんのそういうところ、その……すっ、す好……す、ごく尊敬してるんだ」


小動物みたいに目をきょろきょろさせる美都を見ながら、俺は思った。


たぶんこれは、「年上補正」って奴だな。美都からすると俺は年上だし、それだけで5割増しくらい頼もしく見えるのだろう。


俺は彼女に、きっぱり答えた。


「美都がそう言ってくれるのは嬉しいけど、俺、そんな褒められた人間じゃないよ。嫌なことはすぐ投げ出すし、やってきたこと、全部中途半端だ。

むしろ美都みたいに、『これだけは譲れない』ってもの持っている人の方が、俺からすると尊敬、っていうか……ぶっちゃけ、羨ましいなぁって思う」

俺の視線が、自然と地面に落ちた。

「美都はさ、『ダンジョン』のことがすごく好きだろ?でも俺はさ、美都みたいに何かを本気で好きになったことなんて、人生で一度もないんだよ。ははは……」


自分の笑い声が、自分でもびっくりするくらい虚しく響く。


そうなんだよなぁ。


美都が俺のどこを見て「辛抱強い」なんて評価してくれたのかは分かんないけど。


俺の人生、全部中途半端なんだよなぁ……。


「じゃあ、好きになっちゃえばいいじゃん」


「え?」


「何かを本気で好きになったことがないんだったら、

今から好きになっちゃえばいいじゃん」


美都は言った。


「好きになってよ」


美都の、強い意志を灯した瞳。



『会社は潰れました』と告げられたときも。


朝起きて、庭にダンジョンらしき穴を発見したときも。


俺はどこかで、冷めた気持ちを持っていた気がする。


不安に思ったり、期待したりする気持ちはもちろんあったけど。


当事者意識の欠けている感覚が。


『別に俺が原因で起きたことじゃないもんなー』という気持ちが。


どこかにあった気がする。



でもこの瞬間は、まざまざと感じた。



「私と一緒本気でプロの冒険者、目指してみない?」



自分の選択次第で。


この先の俺の人生が、がらりと変わってしまうんだという感覚を。

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