(旧連載版 第5話)

反転ダンジョン。


美都いわく、俺の庭にできた穴は、どうやらそのダンジョンの特徴を持っているらしい。


ではその「反転ダンジョン」とやらは、一体どんな特徴を持つのか。



通常のダンジョンは、空間にダンジョン(D)と呼ばれる目に見えない特殊な物質が充満しており、それが「D子量」として、機器で計測されるらしいのだが。


反転ダンジョンは名前の通り、逆の反応を見せるらしい。



「つまり……D子が計測されないってこと?」


「ううん。ないどころか、マイナスなの。さっきみたいに計測器でD子を放射したら、それが打ち消されちゃう」


「へぇ……」


「専門的にはね」

美都がいきいきと話し始める。


その枕言葉で、『あっスイッチ入った』と俺は察した。


『全部理解しようとしても、たぶん美都のダンジョンオタ知識にはついていけない。とりあえず、なんとなくで聞いてみるかな』


そういう心構えで、俺は彼女の説明に耳を傾ける。



「通常Dと呼ばれているものは、実はαアルファ- D子とβベータ- D子という互いを打ち消し合う存在から成り立っているの」


「うん」

いきなり専門的な言葉が飛び出してきた。


「D子らしい本来の働きを担うのがα- D子で、その働きを妨害してるのがβ- D子。

で、基本的にはどのダンジョンでも、α- D子の方が空間に多く含まれている。そうじゃないと、D子本来の力が発揮されず、ダンジョンらしい現象が起こらないんだ」


美都は一息に説明を続ける。


「ダンジョンらしい現象っていうのはね、

・魔物が現れたり、

・珍しいD資源が生み出されたり、

・冒険者が不思議な力を使えたりとか、そういう感じ。

そういうのは全部、α- D子の働きが、β- D子の妨害にも負けず働くことによって、起こってくる。

ダンジョン調査のときに計測されるD子の値も、単に「D子量」と呼ばれてはいるんだけど、実際には、α- D子からβ- D子の量を差し引いた値なんだ」


「うんうん」


「で、こんな感じのα- D子とβ- D子なんだけど。反転ダンジョンだけはこの割合が逆転してるの。つまりα- D子よりもβ- D子の方がより多く存在しているっていう……とにかく珍しいダンジョンなわけ!!」


ダンジョンのことでスイッチが入ると、小難しい話で、容赦なく俺を置いてけぼりにする美都。


もちろん俺もできる限りついていこうとはするが。


もし無理だった場合でも、俺は俺にできる、最低限の仕事を果たす。


その仕事とは。


「うんうん…………なるほど……!」


タイミングよく相槌を打ち、必要に応じて唸ること。


これである。


「そう、そうなの!」とはしゃぐ美都。


美都は喜ぶし、俺は美都の笑顔が見れてほっこり。


可愛い妹分とのコミュニケーションにおいて、これ以上優先されるものなんてあるはずがない。



だがひとつ気になったこともあったので、それを美都に尋ねてみる。


「じゃあつまり、あの穴は特殊な性質を持ってはいるけれど……一応ダンジョンってことだよな。ということは、やっぱり役所には届出しないと、だよな」


すると美都の表情がくるっと変わった。


「あー、うー。そーだねぇ……」と煮え切らない態度。


珍しいな。


ことダンジョンの話題において、彼女がこんなにも歯切れの悪い反応をするだなんて。


口元に手を置いて、考え込む美都。


俺はとりあえず、彼女のシンキングタイムが終わるのを待つ。


しばらくして、彼女は口を開いた。


「ダンジョンとして届出しないといけないのって、『計測されたD子量が、基準値を上回る閉鎖空間』っていう明確な条件があるんだ。それ以外の場合は、基本的に届出義務はないし、そもそも提出しても受理されない。ダンジョンだって認定されないからね」


「え、でも、反転ダンジョンってやつは……」


「うん。α-D子が存在するにも関わらず、多すぎるβ-D子によってその働きがマイナスになっている。だから計測器に表示される「D子量」は、基準値に満たないどころか検出すらされない。

届出したところで、間違いなく受理されないね」


「んじゃ、どうすればいいんだ?」


美都は可愛らしい頬を指でとんとんと触りながら、考えるように言う。


「そもそも反転ダンジョンって基本的に見過ごされるものだから、報告事例が世界でも限られてるんだよね。それに研究者の中でも、『あんなもん、ダンジョンじゃねぇ』っていう意見を持つ人もいるくらいだし。それくらい、イレギュラーで、奇妙なダンジョンなの」


なんじゃそりゃ……。


「当然、それ専用の法なんて、ほとんどの国では整備されていないわけで。もちろん日本の法律でも、反転ダンジョンの取り扱いに触れたものは一切なし」


なんか……オカルトみたいなダンジョンなんだな……。


美都は言葉を続ける。


「でもそもそもがダンジョンの届出って、中に棲む魔物が万一出て来たときのことを考えて、安全対策のために義務化されているものでしょう?

その点、反転ダンジョンからはそもそも魔物が生み出されないから、管理を徹底する必要がないんだよね」


「あぁそうなんだ」


放置しても問題ないダンジョンだから、研究も法も、大して進んでないってことなんだな。


ふんふん、なるほど。なんとなくの話はつかめたぞ。


……ん? 待てよ……。


「ちょっ、ちょっと待って、美都」


「え、どうしたの」


美都はちょこんと首を傾げる。


「あのさ、その反転ダンジョンってやつはさ。D子がその……色々あってうまく働かないから、魔物も全く出てこないんだよな?」


「うん。そうだよ。安心だね」


ぐっと両手を握る美都。


いや、それはいいんだけど……。


「ということはさ。その……ダンジョン資源は、どうなのかな……」


「え? ないよ。さっきの業者さんも、そう言ってたでしょ?」


「いやでも、この穴は一応ダンジョンなんだろ?だったらこれから何日か待てば、D資源もぽこぽこ湧いてくるとか……」


「ううん。反転ダンジョンからは理論上、D資源は産出されません。0です」


だぁぁぁぁぁ!! そんなぁ……!!!!


しかし美都は、特にショックを受けている様子ではない。


彼女にとっての優先度は、珍しいダンジョン>>>>>>>>>ダンジョン資源なのだろう。


でも俺にとっては。


「出ないかぁ……」


肩、がっくり。


なんというか、宝くじ当たった!……と思ったら、引き換え期限を過ぎていたような。


ぶっちゃけ、そんな気分だ。


すると美都はあはははと笑う。


「圭太さん、凹み過ぎ」


「そりゃあ、凹むよ。家にダンジョンが出来たってなったら、そのダンジョンに潜るだけで、お小遣いくらいは稼げるのかなとか思うじゃん……」


「正直だなぁ」と美都はなおも笑っている。


「そりゃ美都の前でかっこつけても仕方ないだろ……」


「私の前ではね……ふーん」


なんだよ、ふーんって。


「まぁいいや。そんな正直者の圭太さんに朗報です」


「えっ、なに?」


美都は目を輝かせて言う。


「反転ダンジョンってね……ガンガンレベル上げできるらしいよ……!」














◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


【読者の皆様へ】


お読みいただいているエピソードは「旧Web連載版」であり、書籍の内容とは大きく異なっております。


「もふもふ」「ちびっこ魔族」が登場するほのぼのスローライフ作品は、【新連載版】でお読みいただけます。


そちらを読まれたい方は目次を開いていただき、【新連載版・第一話】の方に移動されてください。


繰り返しのご説明、大変失礼いたしました。


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