(旧連載版 第4話)

美都は穴に向けて、40万はするという精密機器のトリガーを引いた。


それから、目盛りを確認し。


今度は穴のより奥に手を入れて、もう一度、トリガーを引いた。


「……やっぱり」


美都は静かに呟いた。


付き合いだけは長いので、その声に、驚きや興奮の色が含まれていることが分かった。


「どうかした?」


「ここ、見ててね」

美都が、計測器の針を指差す。


それから彼女は、穴に少しだけ手を入れて、計測器のトリガーを引いた。


計測器の針には、特にこれと言った動きがない。


「見た?」


「えっと……針、だよな」


「うん。もう一回やるよ」


美都がトリガーを引く。


「?????」


やっぱりよく分からない。見ている限り、針が動いている気配はないのだが。


「分かった?」


「ごめん、全然動いてるようには見えないんだけど……」


「そう! そうなの!!」


美都が弾けるような笑顔を見せた。


「え、どういうこと……」


「ほら、見て見て」


そういうと美都は、穴から手を出して、庭の、何もない空間に向かってトリガーを引いた。


すると針はわずかに右へと動く。


「ね!」ときらきらした目でこちらを見る美都。


いや、そんな可愛い顔を向けられても。ダンジョン素人のお兄さん(おじさん?)にはさっぱりなのだが……。



未解決問題を解いた数学者のように興奮する美都。


そんな彼女を一旦落ち着かせ、俺は何が起こったのか、一から説明してもらうことに。


「このDディー計測器は、内部にダンジョン鉱石が埋め込まれているの」


懐中電灯から電池を取り出すときみたいに、機器の側面についた蓋を外して、中から黒い石を取り出す美都。


『へぇ、これがDディー鉱石こうせきなのか……』


美都と違い、ダンジョンに関しては、常識的な知識とネット上の噂しか知らない俺。


代表的なダンジョン資源――D鉱石でさえ、実物を見たのは初めてだった。



美都は機器の中に鉱石を戻し、蓋をはめる。


「この鉱石を利用して、計測器の先端から一定量のDを放射する。つまりD子を含む空間に、D子をぶつけるってわけね。

で、そこから跳ね返ってきた反応を計測器が感知して、対象の空間にどれくらいのD子が含まれているのかを判定するってわけ」


「……なるほど」


分かったような、分からないような。


でもとりあえず頷いて、話を促す。


「で、このD子計測器なんだけど、機器の仕様上、ダンジョン以外の空間でも反応が起きてしまうのね」


美都が家の方に向かって、計測器のトリガーを引く。


0を示していた針が、わずかにだが右に振れた。


「これは、地上の空間に含まれる微量のD子に反応しているというよりは、機器の都合上、どうしても起こっちゃう誤差なんだよね。

機器内部の鉱石から放射されたD子の一部に、反応しちゃってるというか」


「ふんふん……」


「だから、もしD子が検出されないだけの空間であれば、その誤差による反応が起こるはずなんだけど……」


美都が穴に少しだけ手を入れて、計測器のトリガーを引く。何度引いても、計測器の針はピクリともしない。


「無いな。その誤差による反応ってやつが」


「そう!!!」


美都、めっちゃ楽しそう。でも、その針が動かないことの一体何がすごいんだ?


「たぶん、さっきの業者さんは、『計測器の調子が悪いのかな』くらいに考えたんだと思う。

実際、内部の鉱石が消耗していたり、計測器自体のセンサーの感度が鈍かったりすると、誤差反応が起こったり起こらなかったりするの。

でもね、優秀なこの子に限っては、そんなことあり得ない」


手元の精密機器に触れて、親馬鹿みたいなことを言う美都。


「中のD鉱石も、最近、取り換えたばかりだしね。で、ピンときた。えっと……ちょっと待ってね……」


美都はポケットからスマホを取り出し、爆速で操作する。


「んと……これだ。ほい」


美都が表示した画面を見せてくる。


ネット上の記事のようだ。


自動翻訳をかけて渡してくれたから、海外サイトの記事なのだろう。


タイトルの太字には、こう書かれていた。


――「そのダンジョンに計測器は反応しません」 ドイツ研究者が明かす「反転ダンジョン」の奇妙な実態――


「反転ダンジョン……?」


「そう、反転ダンジョン! ね! すごくない!!?」


ぴょんぴょんと飛び跳ねんばかりの美都。


うん、可愛い。


ダンジョンの方は……よく分からん。




俺はその「反転ダンジョン」とやらについて、美都に説明を求めた。

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