(旧連載版 第3話)

立ち話もあれなので、家の中に入り、美都に事情を話す。


といっても、当事者である俺もほとんど事情を分かってはいないのだが。




遡ること2週間ほど前。

いつも通り会社に出勤したら、そこには社長と、見慣れない弁護士がいた。


「社員の皆様、落ち着いて聞いてください。残念ながら、この会社の倒産が決定いたしました」


その後、社長と弁護士による説明会、質疑応答が行われ。


俺含む社員たちは皆、突然のことで驚いていた。


だがその日までの給与に加えて、解雇手当も支給され。


さらには今後の流れについても、弁護士からの淀みない説明があったから、表立って荒れる者は一人もいなかった。


とにかく会社はつぶれ、もう出社する義務はなくなったということだった。


「離職票をお渡ししますので、それを持ってハローワークに行ってください」と告げられて、俺たち従業員は会社を後にした。



そして2週間ほどが経った今。


ハローワークでの手続き、雇用保険に関する説明会の出席など、失業時に行う諸々のイベントを、着々と消化しつつ。


『ぼちぼち次の職についても考え始めないとなぁ』と、そう思っているところだった。




「嘘……その、大丈夫? 生活費とか」


女子大生(19)に本気で心配される、25歳独身男性(失業中)。


「ああ、大丈夫だよ。貯めてたお金もあるし……ここも持ち家だしね」


父さんを亡くしてからもう4年も経ってる。でも遺産にはまだ、ほとんど手をつけていない。


母さんと離婚した後も、男手一つで俺の面倒を見てくれた父さん。


そんな父さんに、死んでもなお守ってもらってるみたいで。正直、感謝してもしきれない。


「そっか……」と美都はテーブルに目を落とす。


「うん。とりあえずもうちょっと落ち着いたら、本格的に転職活動を始めるよ。

いやーでも、庭のがもし本当にダンジョンだったら、美都に色々と教えてもらいつつ、『冒険者』の道を目指すなんてのも悪くはないかなーなんて思ったけど。ははは……」


「冒険者」というのは、ダンジョン探索で生計を立てる、いわばプロの人たちのことだ。


彼らはほとんどの場合、自分でダンジョンを所有しているわけではない。


国・個人が所有するダンジョンに一定の料金を支払って潜り、そこで得た資源を売却することで収入を得ているのだ。



しかしこの行為は、何気にハードルが高い。


有料で開放されているダンジョンは、どこも基本的には探索難易度が高いからだ。


魔物の害悪度が高いか、資源がほとんど取れないか。もしくはその両方。


これは考えてみれば当然の理屈だ。


容易に探索できるダンジョンならば、所有者本人が探索を行えばいい。


それをわざわざ他者に開放するということは、素人には探索が難しいダンジョンであるということ――それなりの危険が伴い、プロの実力がなければ資源の回収が難しい場所ということになる。


国が開放している公共ダンジョンの中には、それほど魔物の害悪度が高くない場所もあるらしいのだが。


しかしそういった場所は、当然、冒険者同士の資源獲得の競争率が激しくなるわけで。


結局のところ、簡単に儲けることはできないということだった。



だが、もしも自分がダンジョンの所有者になった場合。事情は180度変わってくる。


簡単なダンジョンなら自分で探索。


難しいダンジョンなら、冒険者に開放して、料金をとる。もしくは潔く売却する。


どう転んでも、儲かる確率が高い。


だから今朝、穴を見つけた時には、「ワンチャンあるぞこれ……」と期待してしまったのだが。



まぁしかし、他人のダンジョンを探索するようなガチの冒険者を目指すなんてのは、さすがに冗談だ。


自宅にできたダンジョンを副業程度に漁るだけならまだしも、さすがにプロの世界はそこまで甘くはないだろう。



しかし俺の冗談を聞いた美都は、ぴくりと肩を震わせた。


そして椅子から立ち上がった。


「……?」


「ちょっと……調査してもいい?」


「え? ダンジョン……というか、あのダンジョンですらない庭の穴?」


「うん」


いつになく凛とした顔つきの美都。


普段の明るい雰囲気とのギャップで、思わずドキッとしてしまう。


子供の頃から父親同士の仲がよく、家族ぐるみの付き合いだった。


美都のことはずっと、「少し歳の離れたかわいい妹」ぐらいに思ってたんだけど。


最近はどうも……まぁ、俺も男だしな。


それに美都は成長するにつれて、可愛くなり過ぎだ。


「ね。聞いてる? 圭太さん」


「ん? あぁ、調査だろ。いいよ、全然」


あまりにも眩しい美都から視線を外して、俺はもごもごとそう答えた。





ダンジョン……ではなく、「ただの穴」の前に行くと。


美都はポケットが沢山ついた実用性全振りの大きなリュックから、ガンタイプの計測器を取り出した。


指でカチッとトリガーを引く。目盛りの0を指していた針が、微かに右に振れた。


「よし」


美都は頷き、俺を見た。


「とりあえず、Dを測定するね」


「ああ。でも、さっきの業者も確認してたぞ……?」


すると美都は頬を膨らませて、持っていた計測器をずいと俺の前に出した。


「……?」


「さっきの人が持っていたものと一緒にしないで。あの人が持ってたの見せてもらったけど、国内格安メーカー製だし、しかも2世代前のモデルだったよ。

家庭用ならまだしも、業者の人があれ使ってるなんて、正直、目を疑った。

私のこの子は、Dテクノ社のハイスペックモデル。日本円だと、40万円は下らない」


玩具を自慢する子供のように、鼻高々の美都。


「よ、40……宮陽みやびさん、よく買ってくれたな」


宮陽さんというのは、美都の父親のこと。


俺の父とは、大学の頃からの知り合い。

その縁で、宮陽家と藤堂家は仲良くなったのだ。


宮陽さんは、地元ではそこそこ名の知れた化学メーカーの重役だ。


可愛い一人娘のためなら出費も惜しまなそうだけど、さすがにぽんと40万は……。


「違うよ! お父さんに買ってもらったんじゃない。

Dテクノ社主催の論文コンテストに応募して、その賞品としてもらったの」


「あっ、そうなんだ。すごいじゃん」


俺が言うと、美都がじとーっとした目を向けてくる。


「え?」


「……心がこもってない」


「いやいや、こもってるこもってる」


「ほんと?」


「ほんとほんと」


美都が疑うように目を細める。猫みたいだ。


「……まぁいいでしょう。じゃ、調べるね」


「ああ、うん」



美都は穴に向けて、40万はくだらないというその精密機器のトリガーを引いた。










◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


【読者の皆様へ】


お読みいただいているエピソードは「旧Web連載版」であり、書籍の内容とは大きく異なっております。


「もふもふ」「ちびっこ魔族」が登場するほのぼのスローライフ作品は、【新連載版】でお読みいただけます。


そちらを読まれたい方は目次を開いていただき、【新連載版・第一話】の方に移動していただければと思います。


繰り返しのご説明、大変失礼いたしました。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る