(旧連載版 第2話)

「圭太さん! もしかして圭太さんち、ダンジョン出てきたの!?」


俺の下の名を呼び、駆け寄ってくるこの美少女。


名前は宮陽みやび美都みと。19歳。この近所にある国立大学に通う、大学2年生である。



突然、現れた元気いっぱいの女子に、目を丸くする業者の男。


彼女は男が驚いていることに気が付き、「あっ、すみません」と謝って、肩を竦めた。


「いえ、とんでもないですよ」

男は物分かりの良さをアピールするような笑みを浮かべる。


そして美都の全身を、素早く舐めるように見た。


俺は美都と幼い頃からの知り合いというだけで、別に彼氏でも何でもないのだが。


それでも目の前の男が鼻の下を伸ばしているそのさまは、かなり不愉快だった。


もういいや。3万だろうが4万だろうが、ぱっと払って、とっとと帰ってもらおう。


「すみません、ちょっと財布持ってきます」


「ああ、お願いしますね」


俺の方には、もう目もくれない男。


俺はそいつに背を向けて、玄関口へと向かった。



背後からは、美都の明るい声が聞こえる。


「ダンジョンって、どこで見つかったんです? やっぱり庭ですか?」


「いえ、それがですね……」


男の声は、俺と話しているときとは明らかに違い、弾んでいた。





「あった、あった」


財布とかスマホとか普段から触るものって、ちょっと目を離した隙にいなくなるよなぁ。


いや、俺がきちんと管理してないのが悪いんだけど。


部屋のあちこちを探した後、テーブルの下に放り投げていた財布を見つけ。


俺はそれを持って、外に出た。




「どういうことですか」


玄関から出ると、尖った声が聞こえてきた。


家の横を通って庭へ行くと、美都が腕組みをして、業者の男を睨みつけていた。


男はあたふたと答えている。

「ですから、我々も仕事なんですよ。こちらはダンジョンではなかったですけれども、呼ばれてきた以上、出張費というものもありますし……」


「どう考えても3万5千円はやりすぎでしょう。よほど危険なD生物が生息する穴ならともかくとして。ダンジョンじゃなかったってことは、失礼ですけど、何もない穴に入って出てきただけですよね?」


美都の言葉に、男は黙っている。


「それで3万5千円ですか?」


「それは……」


「というか、穴に入る前にD計測器は使われたんですよね?D子の反応がなかったなら、そのとき土地の所有者に、きちんと説明したんですか?『この穴はダンジョンじゃないかもしれませんが、内部調査を行いますか』って」


男は目を白黒させた。


まさか目の前の少女が、ここまでダンジョンについて詳しいとは思わなかったのだろう。


ご愁傷様です、業者さん。


この子、見た目は清楚系の美少女なんですが、中身は筋金入りのダンジョンオタクなんです……。


美都は滔々と、言葉を続ける。


「『資格を有する者がダンジョンの依頼調査を行う場合、事前に予想される調査内容、かかるリスク及び費用等を可能な限り土地の所有者に説明し、その意向を確かめなければならない』。

ダンジョン調査者の資格をお持ちなら、この原則は御存じですよね?」


専門的な話を、美都は、当たり前のようにぶつけていく。


「穴に入る前にD子反応無しだと確認したのなら、少なくとも『この穴はダンジョンではない可能性があります』と説明できたはず。

そもそも3万5千円が、一体、調査の何に当たる費用なのか、私には見当もつきませんが……その辺りも含め、事前に説明しましたか」


「いえ……」


「でしたら、こちらが調査費を払う義務はないはずです。お帰りください」


「しかし……」


「もしこれ以上お帰りいただけないようであれば、ダンジョン連盟に通報します。調査者としての原則に反した上で金銭を要求したとなれば、場合によっては、資格がはく奪されると思いますけど」


「い、いやそれは……」


業者の男が、露骨に慌て始める。それから帽子を取り、深々と頭を下げた。


「も、申し訳ありませんでした。こちらが判断を誤っておりました……」


「いえ、分かっていただけたなら結構です」


媚びるような男の態度を、美都が突っぱねる。


「でも、謝る相手は私ではないと思うのですが」


「あっ、す、すみませんでした!」


業者の男は被っていた帽子をとり、俺に対しても深々と頭を下げた。


豹変した男の態度に戸惑いつつ、「あっ、いえ……えっとじゃあ、出張費だけでも」と俺は尋ねる。


すると業者の男は首をぶんぶん振って、「いえ、とんでもありません。今回はご迷惑をおかけしましたので、はい、こちらで負担させていただきます」と言う。


『3万5千円はさすがにやりすぎだけど……でもせっかく来てもらったのに、いいのか?』


「で、では失礼します!」


「あっ、ちょっと……」


俺がまだ迷っているうちに、男は俺と美都に頭を下げて、逃げるように去っていった。





「なあ、美都」


「んー?」


男がどたばたと帰った後も、美都はまだ、庭にできた穴に興味津々の様子だった。


「ほんとによかったのかな。俺もさすがに3万超えはやりすぎだと思ったけど……でも出張費がどうとかって……」


「えー……出張費がかかるっていう説明は事前にあったの?」


「いや、なかったけど……」


「じゃあ、払う必要ないよ」


美都が穴から目をあげて、俺の方を見た。


「そもそもあんなやり方するの、どう考えても悪徳業者だから。一切気にする必要なし!」


美都が力強く宣言する。


「あ、そうなんだ」


俺はぽりぽりと頬を掻いた。


「すまん。美都が来てくれて、助かったよ」


「いや、まぁ…………それは別にいいけど」


美都は照れくさそうに、垂れた髪を耳にかけた。


「というかダンジョン見つけたんだったら、私のこと呼んでくれたらよかったのに。調査者の資格だったら、私も持ってるよ?」


「いや、ほら。美都は大学忙しいかなと思って……」


実はこれは、ちょっと後付けの理由だ。

美都を呼ぶのを躊躇した理由は、正直、別のところにあった。


「いやいや、私があの大学の文系を選んだ理由、圭太さん知ってるでしょ。120%ダンジョンに時間を割くためだよ?」


美都は大きな胸を、「えっへん」と誇らしげに張る。


「いや、威張ることじゃないだろ……」


たしかにこの近所にある国公立大学の文系は、楽に取れる単位が多いことで有名だけれども。


「……ってもしかして今も、大学の講義に向かう途中だったとか?」


俺が慌てて尋ねると、美都は笑って首を振った。


「いやいや、違うよ。今日は午前の講義が休講になったから、暇だし、学内にあるカフェテリアで時間でも潰そうかなって思ってたとこ」


なんだ。俺が引きとめたせいで、学生の本分を邪魔しちまったのかと思った。


「それより圭太さんの方こそ、仕事は? 圭太さんの会社って、体調不良でも休ませてくれないようなブラックなとこじゃなかったっけ」


ぎくっ。

まぁ遅かれ早かれバレることではあるし、仕方ないか……。


「いや、それがさ……会社、潰れちゃったんだよね」


「……えぇ!?」




美都の素っ頓狂な声が、うちの庭に響いた。

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