『禁忌兵装』

『大型位相差保持回路だけは持ち去るぞ! これ一つあれば過去から位相差保持回路を持ってこれるかもしれない!』

『クソ、どうしてこんなことに! 豊かな世界を取り戻したくはないのか!』

『転換砲全門、『不沈』により破壊されました! 第2位第3位も20秒程度で戦闘不能!』

『最高位執行者はどうした!』

『ハッキング対策でオフラインにしたまま「焼肉食べ放題」って叫んでいます』

『命令の提示方法はデータか上の立場の者による口頭のみ……。 思考制御が緩くなったのが裏目に出たか!』

『ところで焼き肉食べ放題って何でしょうか?』

『黙れ、味覚データでも味わっとけ!』


 傍受されたホワイトエンドミル社の通信が耳から流れ込んでくる。酷い。これがあの天下のホワイトエンドミル社なのだろうか。不死身の転移者共が異常なテンションと速度で殴り込んできたわけであるが、それ以上に重要なのはその思考だった。


 転移者は摩耗も合わさりこれが最後のチャンス、と覚悟を決めて突入している。対してホワイトエンドミル社は惰性と諦めと無関心が入り混じった状態で仕方なく対応しているだけだ。この意識の差が付け入る隙を生み出している。その差は時間が立てば経つほど広がり、ここまでの差を生み出していた。


 重役たちを乗せた巨大な飛翔空機は離陸を開始する。太った三角形のような形状の至る所にはジェットエンジンが取り付けられていた。1000年経っても現役なのか、という感想と珍妙なものが出てこなかったことへの安堵が混ざる。


『水素エンジンですね。異塩変換の発電により生じたプラズマで塩雨を分解、燃料ガスである水素を発生させます』


 ブルーの通信によると残念ながらこれもまた修正力絡みのものであるようだった。豪華な、ホワイトエンドミル社の重鎮を運ぶ箱舟は暴徒により無惨に攻撃を受けていく。俺の隣に見覚えのない高身長のナイスガイが着地する。スーツの上に禁忌兵装らしきものを部分的に着込んだ男はにかっと笑った。その背後には人間大の機械の蟲が鋼鉄の羽を震わせている。彼の要素を見てはっと掲示板での名前を思い浮かべ、呟いた。


「名無しの虫取り小僧さん?」

「YES! 無事で良かったぜ、Boy!」

「掲示板でそんなキャラじゃなかっただろ!」


 親指を立てる虫取り小僧に思わずツッコミを入れる。髭もそこそこ生えてるし絶対小僧じゃないって。強いて言うなら虫取りオジサン。だが俺の違和感を更に加速させる人材が次々と現れ始める。どん、と現れた身長2m越えの黒人の男は白い歯と筋肉を見せつける。その背後には禁忌兵装を着込んだ身長140cmほどの少女がいた。


「名無しの令嬢だ、よろしく頼むゼ!」

「……名無しの権兵衛だ」

「そっちも見た目との乖離が凄まじいなぁ!」


 ムキムキマッチョ令嬢とバーサーカー権兵衛(美少女)。ネットの姿とリアルが違うのはよくある事だけど、ここまで違うのは珍しい。名無しの令嬢は背中からさらに2本極太マッチョアームを伸ばしてカイリ〇ーの如き姿をしているし、権兵衛は……。うん、お前もしかして身体改造ってそう言う事なのか? 名無しのOLが憧れていたイケメン(笑)の末路がこれとは。


まあそんな冗談はさておきとして。


「今のうちに。改めて、助けてくれてありがとうございます」


彼らに頭を下げる。戦いが終わった後、電力や位相差保持回路の劣化を考えると悠長に話している暇はない。あとこいつらも後ろの連中みたいになる可能性がある。


「殺せ―――!」

「焼肉食べ放題! 焼肉食べ放題!」

「位相差保持回路と命置いていけば見逃してやる! 死ね!」


 だから今のうちに直接感謝を伝えておきたかったのだ。顔を上げると3人は少し照れ臭そうに頬をかいて、少し言葉を躊躇ってから少女(権兵衛)は話し出した。


「……逆だ、むしろ俺達が助けられた。俺も謝っておこう、名無しのチンパンジーがさらわれた時、冷たい対応をしてすまなかった」

「仕方ないですよ、権兵衛さんも皆も摩耗してたんですから。権兵衛さんには禁忌兵装を貰いましたし、令嬢さんには掲示板と言う形で支えてもらいました」

「気にする必要はないゼ、掲示板は俺の趣味だ。それが回りまわって帰還への道に繋がるとは思ってもいなかったゼ。『†最後の英雄†』には本当に感謝だゼ」

「それやめてくださいよ!」

「私は? 私はどうなんだ、Boy?」

「虫取り小僧さんとはあまり絡みが無かったのでカットします」

「NOOOOOOOOOO!」


 虫取り小僧が崩れ落ちるのを見ながら全員で笑いあう。そんな後ろではどんどん飛翔空機がボロボロになっていき、ついには内部構造まで見え始める。ホワイトエンドミル社の他戦力は概ね沈黙したようで増援がくる様子はない。……名無しのハッカーが言っていた数分で制御が取り戻される、という話が本当に無意味すぎた。ログを見る限りそこの権兵衛が転換砲壊滅させたみたいだからね。何だよお前、本当に人間か? そう聞くと権兵衛はその小さい体をふんす、と揺らしながら語った。


「……そもそもこれが本来の運用法。転換砲に対して単騎で突撃し無効化する。禁忌兵装の基本」

「基本が強すぎるんですよね」

「……だから条約で禁止された」


 権兵衛の解説を聞いていると背後でついに動きが出てくる。内部構造がどんどんとむき出しになり、遂には巨大な脳がいくつも現れ始めた。とはいっても一つ一つは直径数メートル程度、空に浮かんでいたものとは比べ物にならない小ささである。恐らく巨大な脳の中から必要な部分のみを切り出し格納したのであろう。


 だがその脳にもついに終わりが来る。彼らが死ねば本当の意味でホワイトエンドミル社は瓦解する。そう期待した時、脳の一つから、こちらまで届くほどの大きな叫びが発せられた。



「最高位執行者に対し命令を下す! 本命令は全役員の合意である! 直ちに試作型異塩変換式鎧剣を装備し転移者を排除せよ!」


 緊張が走る。暴徒の中にいた上級個体は船体を破壊する腕を止める。静かに手を腰にやり、そこから四角の黒い箱を取り出した。それは駄目だ。鬼に金棒なんてところじゃない。上級個体に向かって走り出すが時すでに遅し。彼は宣言した。


「全役員からの合意を受け取った。最高管理者権限により反逆者認定を取り消し同時に禁忌兵装を解禁する。――装甲展開」


怪物が、降臨する。



―――――――――――――――――――――――

名無しの令嬢

かくとうタイプ。腕が4本ありそれぞれほのおのパンチ、れいとうパンチ、かみなりパンチ、超振動内臓破砕拳を使用可能。ハード面に強く掲示板の立ち上げを行った。2600年付近出身。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る