Re:戦争

 上級個体という現状最強の戦士。禁忌兵装という現状最強の兵器。この2種が重なればどうなるか。答えが目の前に君臨する。


 俺と同じ形状の装甲。異なるのは大半の装甲の色が純白であり、腕の一部だけが黒く染まっているという点だ。手には2本の銃剣が握られており、細かい機構に見覚えがあるものとなっていた。先ほどまでのカートリッジ方式のものではない。俺の持っている禁忌兵装の大剣と全く同じように管とパーツが組み合わされていた。背中には俺が爺カートリッジを入れたのと同じように何かが収納しているようだ。


 瓦礫の中で上級個体はゆるりと体を動かす。先ほどまで船の周囲を囲っていた転移者たちは武器を構えながら急に現れた敵に狙いをつける。


「よくわからんが死ね!」


 バイオゴリラと他数名の転移者が上級個体に飛び掛かる。構えた銃からは数多の炸裂音が鳴り響き、バイオゴリラの拳は何らかの破壊痕を残すはずであった。


 たん、と上級個体が降り立つ音だけがした。ずるり、と滑り落ちる。バイオゴリラだけではなく周囲全ての、何十人もの転移者の胴体が。


「反応塔による補助が無ければ武装の再生は不可能。よって武装を切断すれば不死身の転移者であろうとも無力化が可能ダ」


 装備していたパワードスーツ、銃、刃が悉く切断される。転移者たちの胴体はついでに切断されたに過ぎない。地面に次々と物が落下し、鈍い重低音と苦痛の叫びがあたりに響き渡る。


 胴が切断されようとも彼らは転移者だ。下半身がなくとも立ち上がろうと蠢く。上級個体は足元の転移者たちに見向きもせず、銃剣を俺たちに突きつけた。


 令嬢と虫取り小僧が素早く背後に飛ぶ。残ったのは禁忌兵装を纏った俺と権兵衛のみ。権兵衛に小声で問いかける。


「勝てるのか?」

「わからん。前回は禁忌兵装無しで敗北した。ただ唯一の救いはD型という点だ」

「D型?」

「外部吸収機構が無い。異塩変換の材料は背部格納庫に詰め込んだ物だけ。そこを破壊すれば二人がかりなら勝てる」


 権兵衛はそう言いながら身の丈を優に超える大槌を構えた。彼女(?)の言葉を反芻する。そこを破壊すれば。破壊できていない現状、上級個体は禁忌兵装持ち2人を超えている、ということだ。俺も大剣の切っ先を上級個体に向ける。その瞬間、動体視力を遥かに凌駕する速度で上級個体が踏み込んだ。


 今までの武術的な動きとは真逆の、暴力的な荒々しさのある動き。2本の銃剣の軌道は正確に俺と権兵衛の武器を捉える。権兵衛は大槌を短く握りなおし、最小限の動きで頭を斬撃に合わせる。上級個体の目的は恐らく武器破壊だ。故に大剣の側面から力を加えて破壊することを狙ってくるに違いない。そう判断した俺は半ば無我夢中で刃を振り回し、奇跡的に銃剣を大剣で迎撃することに成功する。


 めきり、と音がした。禁忌兵装ごと腕があり得ない方向に曲がろうとする。同じ禁忌兵装同士。であるならばこの力はやはり技量の差に他ならない。斬撃を無理やり逸らした後、反撃せずに直ぐに退く。反応塔による修正力で禁忌兵装ごと腕が再生する。だがこれは俺だけだ。権兵衛の方を見ると防御はできたものの槌の一部がごっそり欠けている。再生は遅々として進まず、権兵衛は気にせず槌を構える。禁忌兵装の通常再生速度は限りがある。だから再生が可能な俺が肉壁になり、権兵衛が攻撃を加えるというスタイルが正解のはずであった。


 その作戦を実行するには相手の動きが速すぎる。風切り音、と呼ぶのが憚られるほどの轟音と共に右腕がへし折られ、大剣を持ち替えながら無様に転がる。その間には2撃の斬撃が入り左腕が完全に切断された。視界に映る数多のアラームが異常を叫び続けている。


 依然権兵衛への攻撃は止まらず、防戦一方だ。両腕を駄目にされてなお隙を作ることすら出来ていない。ぐちゃりと急速に再生する腕に塩雨が混ざり、痛覚のあまり視界がふらつく。


「ハッキング班は上級個体への攻撃を開始! それ以外は船の占拠と位相差保持回路の回収を急ぎなさい! 正規の禁忌兵装を保有していない私たちでは足手まといですわ!」


 令嬢が野太い声で叫び、転移者たちが行動を再開する。船への攻撃を再開しようとするが、この停滞の隙にシャッターなどが再構築し、防備を固めなおしていた。武装が減った状態で防壁を破壊するのは骨が折れる。ハッキングの方は可能だろうがそれでも時間を稼ぐ必要がある。いずれにせよ上級個体を何とかしないと俺達に先はない。


 考えろ。今、上級個体が俺達を攻撃している理由は役員達による命令だ。転移者の殺害。この命令を取り消すか、あるいは俺達に都合の良い方に解釈させればよい。焼肉食べ放題で繋がった俺たちの友情は未だ健在のはずだ。


 現状の重要ポイントは時間指定と対象指定が極めて曖昧であるということ。ここに解釈の余地があり、上級個体に変更させる必要がある。


 俺は権兵衛と上級個体に背を向け、全速力で役員達のいる船の方へ逃げ出す。


「お、おい!」


 権兵衛が叫ぶが意図を理解し直ぐに黙り、親指を立てる。俺は息を吸い込み、再生した腕で大剣を握りしめたまま全力で叫んだ。


「あー、転移者のリーダーである俺、『†最後の英雄†』が今からホワイトエンドミル社役員の皆様を殺害しまーす!!!」


 権兵衛に銃剣を向けていた上級個体の動きがピタリと止まる。そう、こうやって宣言すれば上級個体が俺に標的を合わせる可能性が高まる。彼の中で解釈を起こなう余地が生まれる。上級個体は暫く止まったあと、俺の方に銃剣を向ける。成功のようであった。


「焼き肉食べ放題……!」


 上級個体が静かに呟く。俺に突き刺さる彼の視線は敵意ではなく謝意と期待。その思いに応えなければならない。ついでに最後の安価も達成しておくか、と走りながら叫ぶ。


「きのこ派のカスを一方的に叩きのめしてやるぜ!」


 安価、「きのこたけのこ戦争をもう一度やる」。言うだけで終われる安価、楽すぎて最高だぜ!と内心笑う俺の首が飛んだ。比喩ではない。一瞬で追いついた上級個体の斬撃だ。その視線はさきほどと打って変わって殺意と敵意に満ち溢れている。視界がくるくる回り、首の断面から出る血しぶきに思わず目を背けた時、上級個体の震える声が聞こえた。


「ぶち殺ス! たけのこの里風情がきのこの山を馬鹿にするナ!」


 ……誰だこんなクソ安価出したやつ。



――――――――――――――――――――

『禁忌兵装』

上級個体が装備しているものはホワイトエンドミル社によるコピー品である。条約違反ではあるもののその有効性を認めていた上層部により密かに製造されていた。ただし未完成である点と条約違反である点を考慮し原則使用は禁止されている。上級個体に装備させてはならないものランキングNo1。

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