『オーバーブースト』

上級個体の裏切りを知った第4位の絶叫を聞き流しながら立ち上がる。禁忌兵装の修復は遅く、初めは遅々として進まない。だが前回とは違う。


「もご、うぎゃああああーーー!!」

『頑張れ爺!』

『負けるな爺! 廃塩ループでホワイトエンドミル社を撲滅しろ!』


ひしゃげた背中の箱内部から漏れる悲鳴に掲示板民がエールを送る。皆の応援に答えるかのように悲鳴は高まり金属装甲がべきりと以前の姿を取り戻していく。更にそれに加えてもう一つ、ブルーからの援護が入る。


『反応塔による修正力を禁忌兵装に適用します!』


 無機物は修正力の効果が及びにくい。例えば座標をずらす程度ならばともかく、失われた部品を完璧に再構築するとなればかなりの時間を要する。だが爺発電と合わせることでその状況は変化する。禁忌兵装自体の修復力と反応塔による修正力。ぐちゃりと金属がまず出さない、粘着質な音と共に禁忌兵装が再構築される。僅か10秒程度の出来事だ。


 その間、迫りくる砲弾を防いでいた上級個体は余裕そうな表情で第4位を見下す。彼の体には傷1つなく、圧倒的な重量を誇る砲弾を切断していた銃剣には歪み1つない。それだけ完璧な斬撃であったのだ。周囲には切断された砲弾の残骸が俺達を避けるように突き刺さり、屋上を崩壊させていく。


「裏切者め!」


 第4位がその体躯に見合わぬ加速力で突進してくる。大地を砕く踏み込みで数十メートルの距離を詰め、重厚な金属装甲で覆われた腕を振り回す。風切り音、と言うには暴力的な音が鳴り響き風圧が髪を後ろへ弾き飛ばす。上級個体を狙ったその一撃は、しかしながら命中はしていない。


 肘にそっと手が乗せられていた。いつの間にか上級個体は頭と頭がぶつかるレベルの距離まで逆に踏み込んでいた。赤熱する上級個体の腕を見え何が起きたのかを理解する。次の瞬間、第4位の太い腕が掴まれ、腕を引き戻そうとする力に逆らわずに逆に押し出す。


「オーバーブースト、ダ」


 上級個体の姿が消える。その速度は禁忌兵装ですら残像を追うのがやっとで、結果だけがはっきりと視界に映る。


 第4位の腕がもぎ取られていた。片腕を失った第4位はうずくまり、その後ろで上級個体は奪った腕を投げ捨てる。合気道のような技術なのだろう。禁忌兵装でも防御に回ると危ないと言われた攻撃を上級個体はいともたやすく打ち破る。両者の差は歴然としており、それでも第4位は止まらない。もはや半分瓦礫と化したビルの屋上で第4位は立ち上がる。彼の背中から小型のアームが飛び出し幾本もの注射器を体に突き刺さした。


「あ、アアアアアア!」


 自身の守る者の為に命を懸ける。そのような美しい表現を決してしてはならないと感じてしまう。眼は異様な振動を繰り返し残った腕も指が奇怪な動作を繰り返し続けていた。恐らく繊維や痛覚の低下が思考制御だけでは抑えきれず、強化薬や痛覚鈍麻薬の類を無理やり投与されているのだ。


 だがその苦しみも直ぐに終わる。第4位が薬の投与による副作用から立ち直るより早く、めきりという音と共に頭に蹴りが入り、第4位の動作は停止した。たった2発での完全決着。もしかして死んでしまったのか、という俺の心配を上級個体は笑い飛ばした。


「戦闘用のパーツさえ換装すれば生きられル。『†最後の英雄†』様は殺しが好きではなさそうだったのでナ、配慮しておいたゾ」


 なんというできる男だ。少し感動すると共に、二人の間に緊張感が走る。共通の外敵は排除された。すなわち再びの敵対、あの洗練された暴力が俺を襲うのだ。だが俺の警戒に反し上級個体はどこか安堵と諦めと焼き肉食べ放題への期待が混ざったような表情で上空を見上げる。つられて俺も見上げると、なかなかに酷い光景が広がっていた。


『最終防衛線突破、本社中心部突入!』

『焼き討ちじゃ焼き討ちじゃ!』

『ホワイトエンドミル社を焼いた火で暖を取るのは最高だぜ!』

『目的物は地下だから地上は燃やしても良し!』


 中心部にある最も高いビル。ホワイトエンドミル社の心臓部にして位相差保持回路が存在すると目されている場所である。それが今、大炎上していた。中では複数の転移者が狂った笑みで火を放ち続けている。どんだけ恨みあったんだお前ら。でも助かった、という思いは大地の揺れにより狂う。


 地面がばかりと割れる。そこから現れたのは体育館くらいの巨大な飛翔空機。機体にはホワイトエンドミル社と明記されており、馬鹿でもそれを見れば何が起きているかが分かる。


 お偉方だけ逃げようとしているのだ。本社と機密だけ持ち出して、社員を生贄にしてだ。だがもう逃げるのは遅い。


『許さねーぞカス!』

『逃がすかボケ!』

「ホワイトエンドミル社の資産を持ち逃げしようとしていル! 通達がない以上は規則違反! 焼肉食べ放題!」


ここにはホワイトエンドミル社を殴りたい暴漢が集まっているのだから。数多の転移者と上級個体が思い思いの暴力を持ち寄り機体に突撃を始めた。




――――――――――――――――――――――――――――

『オーバーブースト』

文字通り過剰なエネルギーを流し込み限界を超えて動く技。今までは体にガタがきておりまともに使うことができなかったがメンテナンスにより使用可能になった。なおこれを使うと『身を削って社のために働いた』という扱いになるため大したことじゃないのにオーバーブーストする社員が続出している。ただしいくらやっても有給休暇は認められない模様。

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