『レッツ!』

 肥兵。懲罰改造を受け、軽量の廃材を体に埋め込んだ存在。通常その体は5m程度であり、主に大型の砲を運搬するために用いられる。その最大の特性は周囲にあるものを己の皮膚と筋肉で包み込み一体化してしまうという点であった。曰く遺伝子レベルから弄ることで生まれる元人間。脳の電極から指令された事しかできない、動く肉塊。


 だがそれにしても目の前にいる肥兵は異常な大きさであった。青い肌は内部の廃材のせいで気持ち悪い凹凸が浮かび上がっている。ずんぐりとしたその体型の肥兵は50mにも及ぶ背丈をしており、その分動きも鈍重であった。肥兵の血走った単眼が俺を睨みつける。


「行きますぞ!」


 肥兵の上に立つ男は時代遅れな口調で叫びを上げる。第4位執行者と名乗った青い軍服を着た人造人間の見た目は、足元の肥兵に負けず劣らずの太りようだ。ただしそれは脂肪などではないらしく、第4位が動くたびにきゅりりと奇妙な音が腹から鳴り響く。


『環状爆発式増強外骨格だ。あの腹部の外骨格内で爆発を起こし敵を殴る。禁忌兵装でも防御しきれないぞ』


 名無しのハッカーから助言が飛び込む。つまり接近戦を得意とするタイプなのであろう。しかしその情報と裏腹に第4位と肥兵が取り出したものは無数の砲口であった。


 正確には肥兵の全身が盛り上がり、直方体のナニカが皮膚を突き破る。直方体の外殻は直ぐに破られ、照準を合わせるべくぐるりとその球体関節を回す。連続的に鳴り響く破砕音と共に何十もの砲口が俺を向く。


 つまりこの巨大な肥兵は元々動くことを想定していなかったわけだ。移動砲台、ゆっくりでも動ければ十分役目を果たせる。


 同時に第4位が何かを3つ掴み、こちらに向かってゆらりと投擲する。彼我の距離は100m以上、その勢いではこちらに着弾することはない。しかしなにか嫌な予感を感じて俺は突撃する足を止めた。結果的にそれが失敗だった。


 第4位が頬り投げた3つの金属塊が光る。次の瞬間俺の視界は白く焼かれ何も見えなくなってしまった。閃光弾は禁忌兵装の視界を容易に潜り抜けていた。


 というのも俺はノーマルである。故にデータを直接脳に送り込むのは効率が悪く、いわゆるARグラスのような状態になっていた。だからこそこのフラッシュグレネードは実に効果的だった。


 そして、残り2発。


『光量調整:不可。AR型視界を赤外線探知式に切り替えます。……映像を投影できません』

『電波障害発生。通信状況不安定』

『聞こ……か! ……e位の必y……!』


 すなわち赤外線と電波のジャマー。反応塔を経由して送られる電波は、一度転移した後アンテナに取り込まれる、という経路を取る。すなわちこのジャマーは禁忌兵装内のアンテナに作用し、ブルーとの連携を困難にした。転移は半ば無効化された状態と言っても良い。


 さらに閃光と赤外線の妨害は継続し続けている。視界を己の目で確保する必要がある俺にとってこれは絶望的な状態だ。焼けた目は直ぐに再生するにしても光が許容量を超えているから目を開ける意味もない。


 がしゃん、と肥兵がいたはずの場所から音がする。恐らく砲台の発射準備が終わったのだろう。見ることは叶わないが全速力で俺は背後に飛ぶ。


 がむしゃらに飛んだ先はこれまたビルの上だったらしく落下は直ぐに終わる。俺が頭から屋上に着地した瞬間、空間が震え先ほどいた場所に轟音が鳴り響く。ビルが砕け散る音と、巻き添えになった下級個体達と上級個体の悲鳴。弾丸は体に突き刺さらなかったがとびちった破片が俺の腹に衝突し、体をバウンドさせる。


 そして地面を見て、視界が戻る。再生した目は屋上の床を確かにとらえていた。脅威に気を取られすぎて馬鹿みたいな真似をしてしまったが、そりゃそうだ。閃光から目を背ければ一先ず視界は回復する。とはいっても第4位達を視認できないことに変わりはないが。


 考える前に体が動いた。掲示板民の助言も聞こえなくなっている。ただ今までの経験と、そして自分の勝利条件からしてこれが一番である。俺はビルから迷わず飛び降りていた。


 遮蔽を取る。シンプル故に効果的な手法。肥兵はビルの陰に隠れ一瞬で見えなくなる。仮に被害を無視して射撃してくるならば防衛施設の破壊が可能になる。射撃が無く、こちらを追いかけてくるのであればあの肥兵はただのでくの坊と化す。


 実に妥当解であった。だからこそ。


「逃がさぬぞ、『†最後の英雄†』!」


 飛び降りた俺の目の前には第4位が先回りしていた。言葉を返す間もなく、第4位のふくよかな腹が奇怪な光と振動を放つ。そしてその太い腕が俺の腹に直撃し、勢いよく何十メートルも宙に打ち上げられた。


 内臓がぐちゃぐちゃになり、禁忌兵装ごと捻じ曲げられる。再生した体に禁忌兵装の修復が追い付かず、肉が気味の悪い状態で固定され、押しつぶされていく。吐き気と苦痛と浮遊感がシェイクされ、再びあの肥兵の射線上に入ったらしい。眼を焼く光がさらに加わって俺の感覚を終わらせていく。


 また射撃前の機械音が耳に入ってくる。これは詰んだ。禁忌兵装のスペックは十分でも見えもしない砲弾を、制御のままならぬ体で防ぐ術はない。仮に権兵衛なら、脳にデータを送る際に情報処理を施して視界を保った上で、その戦闘センスで無理やり姿勢を保つのだろう。そうすれば大剣で砲弾を塩に変えてしまえる。だがそのいずれも俺には取れない選択肢であった。


 一度禁忌兵装を破壊されてしまえば、修復より早く俺から引きはがすことで完全に無力化できてしまう。その未来が今迫っていた。数多の巨大な物質が高速で迫る感覚がする。せめてもの抵抗として回転しながら大剣を盾にし、痛みに備える。


 だが砲弾が俺に着弾することはなく、何かが無理やり切断されたかのような金属音の雄叫びと、第4位の震える声が響く。何事もなく瓦礫の上に体が着地する。気が付けばあの閃光も、通信障害も失われていてた。耳元からブルーの悲痛な声と掲示板民の心配するメッセージが流れてくる。


 目の前には一人の男がいた。俺を砲弾から守ってくれた英雄は、俺の手を取って立ち上がらせ、背を向ける。その視線の先には第4位がいた。


「どうして、何故なのですか!」

「社の備品に被害を出したからダ。裏切り者の抹殺は敵の討伐と同一順位、その選択は執行者にゆだねられル」

「この状況でそれはないでしょう! 一体何があったのですか!」


 叫ぶ第4位に俺達は武器を構える。心の通じ合った仲間と、肩を並べて共闘するのは初めての経験だった。


「「レッツ! 焼肉食べ放題!」」

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